惹句は「バロックの誕生」というよりも「王の画家にして画家の王」という方が、展示会の内容をよく表しているのではないかと思う。
まあ、人間という動物の本能なのか、見上げるようなデカイ絵がどーんと鎮座しているとそれだけで敬虔な気持ちにもなります。宗教絵画でもありますし。
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工房で作ってるとはきいていたが、確かにクオリティが安定しない感じがした。
いや、基本的にAAAとAAとAしかないというのは前提としてもね。
流れは今ひとつよくわからなかった。「バロックの誕生」とするならば、バロックがどのようにしてできて来たのか、というのをルーベンスの先輩で影響を与えた他の作家のものを辿りながら、バロックができてくる(そして発展的に解散していく)流れが必要な気がするのだが。制作年ごとに作品が並んでいるわけではないですし。
ただ、この展示会は、そういう流れではなく、ただただルーベンスのオールスターを愛でるというものでいいような気がする。ということで、好みの絵とその周辺、という感じでこの展覧会を楽しみました。
小品の楽しさ
クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像 / Portrait of Clara Serena Rubens / 1615-1616
Peter Paul Rubens [Public domain or Public domain], via Wikimedia Commons
当時5歳で、のちに12歳で亡くなる娘さんの肖像画。周りをぼかして、顔を精密にすることで視線誘導をしている。ちょっと緊張した風な表情と、特に左の眼球を覆う涙液の表現とか。美しく、繊細。自分のために、家族のために渾身で作ったのだろうか。
ローマの慈愛
獄中で餓死する定めとなった老父キモンを、授乳によって救おうとする娘ペローという、流行モチーフ。
展示されていた方: 1610-1612 / サンクトペテルブルク、エルミタージュ美術館蔵
Peter Paul Rubens [Public domain], via Wikimedia Commons
展示されていない方:1630ごろ、アムステルダム国立美術館 (Rijksmuseum) 蔵(フェルメールの『牛乳を注ぐ女』を所蔵している美術館。レンブラントの『夜警』もね)
Peter Paul Rubens [Public domain], via Wikimedia Commons
個人的には展示されている方が断然好きなんだけど、ルーベンスっぽいのは展示されていない方かなあ。見比べるとわかるんだけど、前者は陰影が強くて、後者はもうちょっと全体的に明るいんよね。あと、前者の方がほとんど死相が出ているけど、後者はそこまで死にそうではない。他のモチーフでも描かれるが、死者の肌の色のルーベンスの描き方は、かなり怖い。
マルスとレア・シルウィア / Mars and Rhea Silvia: 1616-1617
Peter Paul Rubens [Public domain], via Wikimedia Commons
火床の女神ウェスタの巫女として仕えているレア・シルウィアが、処女にも関わらず懐妊し、ロームルスとレムスを産むという、ローマ帝国創設神話を絵にしたもの。
務めの水汲みの際にレア・シルウィアを眠気が襲い、彼女が眠っている間にマルスは交わったという。恋に我を忘れているマルスと、恋い焦がれているのか単に眠気が勝っているのかわからないレア・シルウィアの両方の表情が豊か。
ルーベンスの絵は、題材とか描かれているものにだいたい意味があって、当然発注者のかたもご存知ですよね? という理解しあっていることが前提になっている。
- 左端のプット、幼児の体を持つ天使。モブキャラ。武装解除。
- マルス、軍神なので武装しているんだけど、他にも武装神はいるから決定的なものってあるはず(だけど、私は寡聞にして知らず)
- 真ん中のクピト。プットと体は一緒だけど、矢を持っているのでローマ神話のクピト。ギリシャ神話のエロス。ということは愛を司り、この二人の恋は成就することを示す。
- レア・シルウィアの衣装はきっと巫女だとわかるものなんだよね。
- そして右端に、熾火があり、火床の女神ウェスタが祀ってある。
でもこのマルスって、ヘラクレスっぽい。胴の厚さとか顔の骨格とか。しかし、すぐ隣に掲示されている「ヴィーナス、マルスとキューピッド」となると感じが違う。
ヴィーナス、マルスとキューピッド / Venus, Mars and Cupid / 1630年代初めから半ば
Dulwich Picture Gallery [Public domain], via Wikimedia Commons
もうちょっと優男なマルス。ベラスケスのよりも若い。これって注文制作で、例えば発注者に似せているから、なのかなあ??
ちなみにプット/クピトの羽根って、ルーベンスのものは肩甲骨にぐさっと刺さっている感じで描かれる。解剖学や観相学を修めているのにこれだと羽根動かんけどなあ。どうしてそうすることにしたのかは、とても不思議。
参考:ベラスケス:マルス1638ごろ Dios Marte / Diego Rodríguez de Silva y Velázquez
By Diego Velázquez - See below., Public Domain, Link
同じ武装解除のマルスも、ベラスケスとルーベンスは随分感じが違う。でもビーナスと一緒の方が、ベラスケスに近いかも。
しかしこの頃は、授乳は母乳飛ばしが主流なのかな?
参考:Saint Bernard / Alonzo Cano /1657-60年
By Alonso Cano - Galería online, Museo del Prado., Public Domain, Link
このほかも、2世紀のヘラクレスの頭部の彫像を見ながら、『ヘスペリデスの園のヘラクレス』それと対になる『「噂」に耳を傾けるデイアネイラ』を見るというのは、なかなか贅沢でよかったです。
また、他の作家たちを含めて、『獅子を引き裂くサムソン』を同時に見るのもよかった。
Yelkrokoyade [Public domain or CC BY-SA 4.0 ], from Wikimedia Commons
群像もの
群像ものは、工房の人たちと一緒にやっているせいか、たまにハテナな感じになる。多分、どこにフォーカスが当たっているのか、よくわからなくなるかなかな、というのと、登場者の視線が微妙にあっていなくて、不安感を覚えるから。
エリクトニオスを発見するケクロプスの娘たち / The discovery of the infant Erichthonius / 1615-1616
Peter Paul Rubens [Public domain], via Wikimedia Commons
ね、微妙に目線が交錯しない。真ん中のおばさんがこっち見てる。私には居心地悪い。
聖アンデレの殉教 / The Martyrdom of St. Andrew/ 1638-39 @Madrid, Fundacion Carlos de Amberes
Peter Paul Rubens [Public domain or CC BY-SA 4.0 ], from Wikimedia Commons
こっちは視線がだいぶ合っていて、安心感がある。
しかし、動画作品として、8Kでスクリーン投射されていたアントウェルペン聖母大聖堂の《キリスト昇架》《キリスト降臨》《聖母被昇天》は素晴らしくよかった。行くしかないのかな、パトラッシュ?
ちなみにベルニーニ
実はベルニーニがちょこまかと飾ってあって、私歓喜。
ベルニーニがラオコーンの胸像を作ったものが、ルーベンスのラオコーン 群像の模写とともに飾られていた。ラオコーン は、バチカン所蔵のものですね。この胸像というか首から上。
By xiquinhosilva - 00000 - Vatican - Pius-Clementine Museum, CC BY 2.0, Link
また、『法悦のマグダラのマリア』/ Mary Magdalene in Ecstasy 1625-28 / Lille, Palais des Beaux-Arts
By Peter Paul Rubens - Own work, Public Domain, Link
肌を見ると死んでるんですが 。法悦って怖い。
この隣に、ベルニーニの『聖テレサの頭部』が飾られていたり。
ベルニーニ、行きたい熱に変わってきた。
ということで、ある意味、フェルメールと違って多作すぎて全制覇するのが難しいルーベンスを、ほとんどルーベンスの作品で飾るというオールスターキャストは、ルーベンスの中にも良し悪しや傾向の違いがあるところまで見せてくれるという、凄まじい会でした。ルーベンスを「浴びた」感じ。
参考
ルーベンス熱が上がった元の展覧会
nimben.hatenablog.com
nimben.hatenablog.com
ラオコーン
nimben.hatenablog.com