セミナー講師をしてみると

聞いている側だとわからない点が見えてくる。

受講側が、どのような化学反応を頭のなかで起こしているのかを類推することに、一番頭をつかう。
今、頷いた。今、数字をメモした。今、眠そうにした。今、身を乗り出した。

話すペースは、速すぎないか(私は興が乗ると、かなり早口になる)
言葉が脳みそを素通りしていないか。

もちろん、強調すべきポイントを外していないか、という自分側の作業も同時に行う。

自分の話したいことだけ話すならば、資料を読んでくれ、で済んでしまう。
パワーポイントは、シートとしては優秀なツールだが、ストーリーラインを紡ぎ、シートに意味をつけ、命を吹き込むのは、話す人間の役割だ。

たまに、同時通訳って、こんな感じなのかな、とおもったりする。
やったことないし、話している途中で訳し始める、なんて、私にはできそうにないのだが。

party stream で、executive producer の牧村真帆( @makimuramaho )さんが、「参加感」という言葉を締めの言葉でおっしゃっていたのを思い出す。

「聞いている感」と「参加感」は、多分違う。
「参加感」は「聞いている感」「見ている感」「感じる感」(?)が色々組み合わさった言葉なんだとおもうのだが、まだうまく頭のパズルが解けていない。

「参加感」はきっと、「よかった」「わるかった」、「わかった」「わからなかった」という軸で評価できるものではなさそうだ。
「濃かった」「薄かった」とか、「人に話したくなった」「べつに忘れてもいいとおもった」という、論理的と言うよりも、もっと感情的な軸で語られるものかもしれない。

てなことを考えたので、今後にうまく活かせるように、頭のポケットに入れておこう。