communication and community

非常に示唆的な記事が並んだ。
酒井穣氏のblog記事のことだ。

学びの場には緊張感が必要だと思う。非公式になりすぎると、ゆるく雑談を交わすこと自体が目的になってしまうので。
そして、それがコミュニティの「賞味期限」につながってくるのではないか。

「ソーシャルは自腹だ」じゃないが、参加者は場の奉仕者となり、ゲストでもあるがホストでもある、という状態(「サーバント・リーダーシップ」のような矛盾をはらむ言葉だが)を、どうキープするのか、がプロデューサーの腕の見せ所なのだろうとおもう。

「先生と生徒」モデルでは、生徒側のアプローチは「質問」に限られていたが、どっち側が質問しても回答してもいいんじゃない? という場があると、ちょっとワクワクする。