日常に向かって


正確には3月11日の、順天堂大学病院@浦安の液状化現象の動画。

こんな感じで、浦安の街は埋め立て地にありがちな液状化現象に見舞われた。

ライフライン、大事。(まあ、だから「ライフライン」というのだが)
電気は大丈夫。ガスと上下水道は、一部地域でストップ。
私が住んでいるところは、電気・ガスOK、上下水道NG。
上水は、早いうちに給水車の手配がされていて、10リットル/人・日の割り当てが行われた。流通も、わりと早く復帰し、2リットルペットボトルの水やお茶は、普通の価格で購入できた。
下水が困った。ご飯はお弁当などを買ってきてすませ、包丁やまな板を使わないという選択肢が(お金はかかるが)可能だ。しかし、トイレと洗濯を自宅で行うことが不可能になった。
トイレは、給水所と同じところに仮設トイレがすぐに立ち上がったので、最低限は確保。今の仮設トイレは、昔のと違って「ぽっとん便所臭」がかなり押さえられている。単純に自分の鼻が花粉症でやられているから匂わないのかもしれないが。
下着がけっこう深刻。わたしは男性なので、多少汚いのはガマンするんだけど、カミサマは女性なので大変だ。コインランドリー行こうにも、同じく断水で営業していないしね。私は通勤経路の途中で、新しい下着を購入調達しましたよ。

精神的にはどうか?
まいっている、というのは否定しない。
「いつもの生活」ができないというのは、それだけでストレスが溜まる。
断水で、すぐに手を洗えない、歯磨きできない、洗濯できない、加湿器に水を入れられない、トイレに入れない。節電のために、ホットカーペットをやめる、不意の停電で機械が壊れないように気を配る、などなど。
これはけっこう想像がつくので、実は、慣れの問題ではある。
もっとストレスとして大きいのは、自分が住んでいるところと、勤めているところで、ギャップが大きいということだ。
勤めているところは、節電モードとはいえ、電気ガス水道OK。電車も本数が多少間引きされるとはいえ、うごいている。なので、そんなに変わらない日常。しかし、自宅は非日常。このギャップが大きく、このギャップにフィットするようにモードを切り替えるのが、ストレスとして大きいように思う。
といっても、これも慣れるしかない。慣れる課程がキツイのは、織り込むしかない。節度ある範囲で、くだを巻いて、愚痴を吐いて、それでも慣れるしかないのだとおもう。

なので、うまくストレス発散をすることが、短期的な私の目標。