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映像の脳内処理

半端に混雑している場所を歩いているとき、ぶつからないようにする方法は、目から入る映像処理の方法を変えることだ。
というと、オカルトなのか、サイバーパンクSFか、という感じだけど、ちょっとちがう。

通常はラスタで理解している映像を、ベクターで解釈するのだ。
そうすれば、「このひとはこう来ているから、数秒後はこの位置に移動する」というベクトルが引かれる。その動線をさけて歩けば、ぶつからない。相手もベクトルで理解していれば、1cmしか間隔がなくてもそのまますーっとすれ違うだけ。

100%ではない。ふつうはラスタで理解している。多くの場合、手前50cmくらいになって「突如出現した障害物」に驚く。軽くパニックになり、動作が撚れる。量子力学の世界。観測者の存在が、観察物の挙動に影響を与える。

「半径50cmのパニック」の影響は、半径50cmなので、それを必要な間隔としてベクトルを理解し直せば、ぶつかることはない。

SFのように、あるいは古武道の達人のように、後ろまでは把握できないが。

観察者がパニクると、ベクトルでの理解がふっとんで、ラスタにもどる。
あるいみ「ゾーン」に入った、と呼べるのかもしれない。
そこまで大げさなものではないとおもってはいるのだけれど。

おそらく仕事もそうで、目の前のタスクに集中するとラスタ的な解釈しかできず、段取りが破綻する。同時にたくさん走っているベクトルをうまく解釈して、どの波に乗ればよいのかを感覚できるようになると、工程の把握がしやすいかもしれない。

と、冲方丁マルドゥック・スクランブル』のバロットの描写を感覚しておもった。(「感覚する」は、冲方丁黒丸尚リスペクト文体のリスペクトです)