手段の目的化をポジティブに捉えてみる

目的の手段化は、たとえば「ダイエットのために、ジョギングをすることを選択。習慣化して、ジョギングそのものすら楽しく」すること。これはよい「目的と手段の混同」。しかし、ダイエットが目的であれば、大量に飲み食いしてはダメ。ジョグをしてればすべてが許されると考えるのは、悪い混同。

なので、目的の手段化自体は良いことでも悪いことでもないものなのだ。むしろ、趣旨からすると日常にしみこませるという意味でよい面のほうが多いかも。でも、手段が目的化すると、視野が狭くなってしまうことに「自分が気づかなくなる」ので、とてもまずいことが多い。

「離見の見」ではないが、自分を全体の一パーツとしてみる癖をつけると、「手段の目的化」に陥っていないか、気づきやすいとおもう。これが高じすぎると、皮肉屋になったりするから、ちょっと気をつけてご利用くださいw

人生はそれなりに長いので、短編連作的なものだけを使うのではなく、長編も組み込むといいとおもう。「ハック」的なものに懲りすぎると、隙間時間の使い方はうまくなるが、長編の使い方から目がそれてしまいそうな気がする。