忙しかった

まあ、仕事なんて、「忙しい」か「すごく忙しい」かしかないよねー、といっていたのだが、そうでもなかった。その上に「アホほど忙しい」があり、そうやらそれ以上に忙しいというのもあるということを垣間見た。ああ、あれが彼岸か。
結構今までもブラック的な忙しさには慣れていたつもりで、総労働時間でいうと30代のときのほうがはるかに多いような気がするが、また別なのだ。そう、質が。

今までの忙しさとの質の違い

質というのは、当たり前だけど「緊急性」と「重要性」の話。今までも「緊急かつ重要」→「緊急でないが重要」というので優先順位をつけてきたが、「緊急かつ重要」のなかをさらに「緊急かつ重要」でわけて、ほとんどが自分のコントロールはなく、いつ突沸するかわからず、しかもマルチタスクという状態なのであった。
30代での忙しさはシングルタスクのなかでのものだったので、そこが一番異なる。
緊急割り込み仕事は、今まで集中してやってきた繊細な仕事を全部ぶっとばすので、非常に効率が悪いのだが、それが恒常的に続く。日本のなかでだけやっていればいい場合、18時以降は集中して時間をまとめて行う仕事に割り当てるなんてことをしていたが、そうもいかない。

今回、ここから学んだのは二つ。

  1. コミュニケーション能力。割り込みで頭がワヤになったら、電話などの同期系コミュニケーションに頼る。非同期系はアジェンダの頭出しと、打ち合わせ後のサマリーに限る。これは内容同期と共に感情同期が必要だから。また、正しいことを言っても、ものの言い方ひとつで進み方が全然ちがうので、contents/deliveryのうち、あるいみdeiveryに気を使うくらいがちょうどよくなる。
  2. 感情コントロール能力。感情を無駄に消費するのが、ほんとうに堪える。とくに忙しい時は自分以外の要因を悪者にしたくなるので、愚痴などのネガティブなところがドンドンわいてくる。でも、感情はネガティブなものもポジティブなものも複利で増えるので、悪いものはスルーし、いいことをみつけて褒める/褒められるを繰り返す。

場面によって孤独作業になることはしかたがないが、孤独感にさいなまされてはいけない。
この経験によって、若い頃からちょっと悩んでいた完璧主義から、ちょっと抜けられたかもしれないのはうれしい。
めざせ、高田純次である。