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ライブシネマコンサート『2001年宇宙の旅』

arts movie

2001年宇宙の旅』を見るのだが、その劇伴が生オーケストラという変態極致@bunkamura

クラッシック音楽に関しては、どんな録音も生には勝てないと信じている。
2001年を大スクリーンで見るという誘惑にあらがえるわけもない。

ということで、見に行くしかないと。

ライブシネマコンサートの箱としてのbunkamura

最初は「もう一回りスクリーンを大きくできないのか」とか、「オーケストラピットがない分、楽譜を見るための明かりで真っ暗な宇宙がちょっと見づらくなるのでは」という懸念もしていたのだけれど、正直気にならないレベル。

コンサートとして

とてもよかったです。「ツァラトゥストラはかく語りき」「美しく青きドナウ」という有名どころももちろんよかったのですが、初めて生で聞いたリゲティの気持ち悪い不協和音満載の「アトモスフェール」とか。モノリスがでてくるときの音楽が、人間の合唱によって演じられていて、これがまた気持ち悪いのだ(ほめてる)

映画として

映画として、こんなに気持ち悪いものもないはずが、スタイリッシュな映像に騙されて気持ちよくなってしまうのが、キューブリックの変態なところだよなあとおもっている。

この変態性はなんとなく、語りたいがうまく語れないので、あれってどう思うといいながら会話で積み上げるしかなさそうだけど、自分の無意識の反応を人に晒すのがこわくて会話を始められないから、言語化できないままの何かを抱えて生きていくことになるようなないようなああどうしたらいいんだろう忘れようにもあまりにも鮮烈な映像と音声だから忘れることも叶わないし、という混乱ぶりである。あれ、アーサーCクラークの小説版を読んだらどう解消または改悪されるんだろうか。

20代の頃は最後どうしても寝てしまっていたのだが、(疲れによるマイクロスリープは正直あったが)最後まで見通せたのはよかった。大スクリーンでドラッギーな映像をみると、テレビサイズよりもトリップしそうになりますわな。

私の中では、すごいとはおもうけど、生涯ベストとかのランキング対象とはなんともいえない範疇外なけれども忘れられないという大変変な立ち位置の映画でございました。

また機会があったら、たぶん行く。生で聴きたい。次はいつになるのわからないのだが、観客には白髪老夫婦がけっこういて、ああいう歳の取り方はなかなか素敵だとおもったし。

と、ちょーとりとめもなくおわる。