前野隆司『無意識の整え方』2016/ワニ・ブックス

整うかどうかは別として、無意識と常に関わりあっている人がどう考えているのかが抽出されている対談本として読んだ。

 筆者もあとがきに書いているが、タイトルは釣りタイトル(意訳)なのであまり気にしないように。

「マインドフルネス」の胡散臭さは、一昔前の「スピリチュアルな感じ」と同じ匂いがするからだとおもう。

概念は、アニミズムに親しんでいる私としてはわりと受け入れやすいのだけど、それをうまく使って騙そうとする周辺ビジネスがうざすぎるのだよ。

ほとんど商売っけがない部分の上澄みをすくって、もうちょっと大きな視点でみようとおもったときに、この本はいいかなとおもう。

個人的には

  • 「受動意識仮説」のもととなる、動かそうという意識するより先に筋肉が反応しているという話
  • 合気道の主体と客体を分けない、ないし、「みずから」と「おのずから」が「自ら」と綴るように能動と受動を区別しない考え方
  • ゆっくり動くことで(早く動いていたときに切り捨てていた)感覚が開く

という考え方がおもしろかった。

「ゆっくりと動くことのよさ」というか、「早すぎることの悪い面」というのは、自分も感じたことがある。pod castを倍速できくと、情報収集がはやくなって時間短縮になって良かったのだけど、人と話すときの思考速度がシンクロしづらくなって会話に苦労した、という経験があるのね。だから個人で「突き詰める」ときと、チームで「共有」するときとでは、適切なものが違うというのは経験としてわかってます。

Tips的には、こころにプラスを入れておくと、プラスが出やすくなるから、プラスのことを貯めておこうと、寝る前に今日良かったことを書き留めるというのは、ちょっとおもしろいとおもった。ネガティブに考えているときには、たしかにポジティブなことをみても腹が立つだけだしねw

ただまあ、すべての感覚がひらけばいいのか、というところは、疑問があって、嫌なところの感覚器は閉じていてもいいとおもっているんですね。捨てるべきでない感覚がいつのまにか閉じているのはいやだけど。

だから「ありのままが必ずよい」というのはおかしいとおもっています。

そこはもしかしたら頑迷で閉じているのかもしれないけど、自分がここちよいとおもっている何かに向かうんだったらいいんだけどね。要は、つかいわけかな。精神論だけじゃなんともならないが、精神論でしか伝われないこともある、みたいな、ね。

つかいわけられる知恵があれば、一番いいんだとおもうけど。