三部けい『僕だけがいない街』(8巻/完結)

コミック版の完結。アニメ版とは異なる。個人的にはコミック版の方が好き。

様々な作品で繰り返し謳われることではあるが、白紙である未来に向かって自らの意思で進んで行くことの尊さを描いていてすばらしい。

イムループものは、そこに囚われてしまうことと同時に、そこから解放されるために何が必要なのかを自覚して壁を破壊する必要がある。壁が何で、壊す道具が何で、どういうモチベーションでそれを行い、その結果どうなるのかという部分が、いろいろなパターンがありえる。世界の因果律を破壊することになるので、それは軽いものにはなりえない。いちばん軽いはずの細田守時をかける少女』ですら、あのレベルの重さだ。僕街では、私にとっては斬新な切り口でそれをみせてくれて、とてもたのしかった。

 

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もう少し整理をして欲しかったこと

なぜ2006年とか昭和63年でないといけなかったのかという理由がよくわからなかった。

なぜ、2006年なのか。たとえば『ラブ・アクチュアリー』2003だと、クリスマスという日を軸にいろいろなひとの人生が交差していく。2006年におこった何か特徴的なこととリンクしていたらよかったのに。

昭和63年である理由もほしかった。横山秀夫『64』が、昭和64年に閉じ込められたひとを描いたように。

結局、リバイバルがなぜ起こり、なぜ消えたのかについての説明がなかったこと。雛月事件で人生に踏み込めるようになったから、だとしたら、それまでのリバイバルでもひとの人生に踏み込んでいるわけで。そこが漫画家として踏み込んでいないという話との矛盾を感じる。今までリバイバルを感じているが、まったく踏み込んでいなかったのに、今回は踏み込まざるをえなくって、というのであればわかるのだけど。

漫画家として成功することになるが、1巻冒頭の売れない漫画家としての自分との対比関係が成立していないように感じる。踏み込めなさが解消されたことと、商業漫画家として成功するというのはまた別の話ではないだろうか。

ヒロインが誰なのか。雛月や愛梨がヒロインかと思いきや、実は刺身のツマで、というのが構造的にゆらゆらしている気がする。犯人をあげることが一番の軸なのか、ヒロインを愛することが軸なのか、自分の踏み込めなさを解消するのが軸なのか、もやっとする。雛月はいいとしても、愛梨については最後でああするんであれば、もうちょっとフィーチャーしてもいいんじゃなかろうかとか。

 

まあ、そういう隙はあるとおもうんだけど、タイムループものとしていろいろ楽しめたのでよかったとしたい。

実写映画版はみていないのだけど、どうなんだろうね。終わりが違うものとは聞いているのだけど。

 

なお、以前の感想はこちら。

nimben.hatenablog.com