Vauxhall で降りたら、考えるのは二つ。Tate Britain とIWMこと帝国戦争博物館のどちらに先に行くか。
ついたのが9:30ごろ。開館はどちらも10am。となると待つのがだるいので、遠い方から攻める。となると、IWMである。
帝国戦争博物館は、すごかったのだ。体験型、戦史博物館といおうか。
外観と概要
IWMは5ヶ所にありますが、全てがロンドンにあるわけではありません。
ロンドンにあるのは、以下の三つ
ロンドン以外に、後二つ
IWM Londonは、第一次世界大戦から現在までのイギリスが関わった戦争の歴史を展示している。
吹き抜け
入った瞬間0-3階までの吹き抜けで著名なものが展示されている。
『ダンケルク』でも有名なスピットファイアに、第二次世界大戦でドイツ軍のロンドン爆撃に使われたV1、V2も。ソ連の戦車T34なども。
フロアプラン
0Fが、第一次世界大戦。「世界大戦」という概念がなかったところの理解から、泥沼の塹壕戦、それから和平会議までを描く。
1Fが、第一次世界大戦後から、第二次世界大戦終結まで。
2Fが、1945年から2014年まで。第二次世界大戦後から9.11くらいまで。(911は2011年だから、そのちょっと先まで)
3Fが、特別展
4Fが、ホロコースト
選べと言われれば、0Fの第一次世界大戦と4Fのホロコースト。どちらもインパクトがすごかった。
日本から見ると第一次世界大戦はあんまり大きくない。少なくとも本土が直接攻撃された第二次よりは。このため、今ひとつ「世界大戦」というのがよくわからない。
複雑に入り乱れる諸国の思い
1870:普仏戦争(この過程でドイツ帝国誕生。フランス破れる。恨みが残る)
1882: 三国同盟(ドイツ(独)、オーストリア=ハンガリー(墺)、イタリア)
1887:独露再保障条約
1890:独露再保障条約更新せず、独墺同盟(ドイツが、協調先をロシアからオーストリア=ハンガリーに変える)
1892:露仏同盟(ドイツに振られたロシアは、ドイツの仇敵フランスと組む)
1902:日英同盟(英「栄光ある孤立」政策の破棄)
1904: 英仏協商
1905: 第一次モロッコ事件:独仏緊張高まる
1907: 英露協商(これにより、英仏露の「三国協商」なる)
1908: 墺、ボスニアヘルツェゴビナ併合。露に、墺への敵対心醸成
1911: 第二次モロッコ事件:独仏緊張激化。英仏接近。
1911: 伊土戦争(1912まで。イタリアとオスマン帝国の戦争。オスマン帝国弱体化露呈> 第一次バルカン戦争へ)
1912: 第一次バルカン戦争(1913年まで。露の後ろ盾でバルカン同盟がオスマン帝国と。オスマン帝国敗北し、欧州権益をほぼ失う)
1913: 第二次バルカン戦争(バルカン同盟の中でブルガリアが分け前を不服として、バルカン同盟のセルビア、ギリシアを襲ったもの。内輪揉めのはずが、ルーマニアとオスマン帝国もブルガリアに参戦するという泥沼に。コソボ紛争の遠因)
1914: セルビアで、墺の帝位継承者フェルディナンド大公が爆殺される
墺は、セルビアに対する緊張を高める > 独墺は連携することを同意「白紙小切手」
対して、仏は露に、対墺強行路線を迫る。セルビアは露を頼る。露は対墺動員をかける。
墺は、セルビアに宣戦布告、その後露に宣戦布告。
独は、露に宣戦布告、その後、仏に宣戦布告
英は、独に宣戦布告
という感じで、泥沼が始まる。(大戦中もまた刻々と力関係が変わるので複雑にバタフライエフェクトのようにぐるぐるします。最大はロシア帝国が倒れてソ連が誕生することですが)
というのは、複雑怪奇でわからないわけです。この年表読むだけでも、ややこしくないですか?
独墺 vs 英仏露 という単純な図式じゃないんだよってのがわからないと、第一次世界大戦はわからない。
ということで、すごいのがIWMの見せ方。
当時の本物ないし、正確なレプリカ。ブツの事実で語る。どういう聖戦だったか的な装飾はほぼなし。なるべく見る人に自分で判断させるように。悲惨だったところはあまり隠さず、ありのままっぽく。
書籍デザインでいうところのジャンプ率が高く、大事なところとそうでないところを明確にして、本筋を外さないようにする。
言いたいところは、メリハリの効いた短めの動画で。
例えば、戦前の政治状況。戦争前は列強バラバラだったが、ドイツとオーストリア=ハンガリー帝国が組み、対抗して、フランスとロシアが組み、長年の宿敵だったイギリスがフランスと組み、と、ドイツ組みとそれ以外に世界が分かれた様子が、とてもわかりやすかった。
これらは、テーブルに映し出すタイプ。プロジェクションマッピングなどを駆使し、手を動かすと反応するなどのインタラクティブな感じを随所に見せ、観覧者が飽きない工夫。ここは、というところは、16:9のモニタを横に三面で並べたものなどで映す。
しかも大筋とは外れたところは、オプションとして。大筋はシネマのようなスクリーンや三次元の体験型としてと言うメリハリもある。
また、体験させるという見せ方も多い。
塹壕のレプリカの中を歩かされたのはなかなかすごい体験でした。『西部戦線異常なし』を見て、なんとなくわかった気でいたが、歩くとまた違う。それまでの展示で、いかに塹壕で膠着したかを予習したからもあると思うが。たまに音がするのよ。軽い銃声とか。本当にはジメジメしていなかったからそこまでではないが、雨水がたまった塹壕にというと、いやーんな感じが体験できておススメです(イヤミスかよ)
塹壕戦で膠着、泥沼化、毒ガスや戦車などによる、さらなる兵器の開発、民間人の犠牲など。
こんなに泥沼なんだとは知らなかった。
そして、第一次大戦が、列強の講和会議で終わる。
と、ヘトヘトになるほど、これが0階だけであるのだ。
これ、すごいなと思ったのが、モータリゼーションについて展示しているんですよ。
モータリゼーションがあったからこそ、各種機動力が増して、第二次世界大戦があんな戦い方になったと示す。
戦争を示すのに、兵站を示すのがプロと言いますが、さらにその手前のことを見せていくのが、またキューレーターがすごい。
インドでイギリスと交戦しているので、ちょっとだけ日本コーナーあります。
当たり前ながらイギリス視点なので、欧州戦メインですが。
2F: 1945年から2014年まで。
現代戦の装備とか。個人的にはこれが展示されていると言うのが、イギリスにもインパクトを与えていたのだなと。
で、出色はホロコースト。
これも統計だけでなく、個人の記録や証言、証拠物品、精巧なレプリカ。ゲッペルスの演説の動画、アウシュビッツの写真と真っ白なジオラマ、列車が着いてからガス室まで。
情け容赦なく、死体まで含めて、事実だからしょうがないよねと映し出す。
流石にここまではホロコーストのことを知らなかったので、かなりショックでした。
4Fだけ写真は禁止なのですが、禁止でなくても撮れない撮りたくないでも目は離せないと言う沈鬱な事実の列挙。
キューレーターは、大人、なんだと思う。
いろんな見方があることを許容する。批判があったことも書く。逆にそれが、複数の視点を生み、物事を立体的に見せる。反論も書くことで、持論はそれよりも強いことをさりげなく見せる。謙虚に見せた自信。事実に語らせる容赦なさ。
この勁さが、世界帝国を生んだのかな、と戦争だけでなく物事の語り方の勉強をさせてもらった感じ。
前にも書いたTate Modern (今回は行けなかった)でもそうだけど、イギリスの博物館のキューレーションは半端ないです。おれは俺の考えでこう補助線を引いてみたぜ、どや、俺の意図がわかるか? と挑戦させられる感じが、すごくいい。観覧者との戦いっぽくて。
蛇足
フランスのアンバリッド内にある軍事博物館的な武器や鎧を見たいなら、ロンドン塔のロイヤル・アーマリーズにいくのが良いみたい。
料金は、ロンドン塔入場券に含まれる。
royalarmouries.org
あれ、パリの軍事博物館のBlog書いた気になって書いていないな。
ホーム | Musée de l'Armée
↑ 日本語版
L'hôtel des Invalides オテル デ ザンヴァリッド*1内にある、軍事博物館。
だいたい12世紀から現代までカバー。圧巻は0Fの武器、鎧の展示。
私が訪れたのは2011年で、この時は改装中で縮小運転だったんですよね。それでも上記のような鎧や武具(なぜか日本の鎧もあった)が陳列されていました。
上階には太陽王ルイ14世、フランス革命、ナポレオン戦争、世界大戦、そしてシャルル・ド・ゴールなどなど。
今は、Webも改装されてわかりやすくなっていますね。
お隣のドーム協会にはナポレオン一世のお墓もありますので、歴史好きの人は訪れてみるのオススメです。