cafe de nimben

見たものと、読んだもの

コーエン兄弟『ノーカントリー』2007

神話。理不尽で圧倒的な暴力と死、生きようとする若者、その光景を散々見てきて人生を降りていこうとする老人。「老人が住むような国ではない」という原題がすべてだとおもう。圧倒的な死を体現するハビエル・バルデムの演技を見るだけでも、元が取れた。

ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]

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何を誰が体現するのか

死を体現する者、アントン・シガー(ハビエル・バルデム

彼は死である。もう風貌からしてこわい。静かな死の暴風が人の形をしたらこうなるとしかいいようがない。走らないからターミネーターよりこわい。あっという間に探し当て、いつのまにかぬっと背後にいて、牛を屠殺する道具をもって、顔がみえる圧倒的な近さから致死の弾丸を撃ち込む。つまり人が人を殺すのではなく、死神が家畜を殺すのだ。

死に抗う若者、ルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン

たまたま麻薬がらみのお金を見つけ、奪い、それがためにアントンに命を狙われることになったが、あの手この手で生き残ろうとするルウェリンは、死に抗おうとする若者だ。まあ、若者って歳には見えないんだけど、本当の若者では生き残るだけの手段をもっていないだろう。2度のベトナム帰りという人としては最大級の死神に対抗する暴力能力を持っている必要があった。そして老若対比されるべきは絶対的な年齢ではなく、トミー・リー・ジョーンズとの比較だからよいんではなかろうか。

生から降りようとする老人、エド・トム・ベルトミー・リー・ジョーンズ

代々続く保安官として、生と死の戦いと、死の圧倒的強さをみてきて、もう死に抗うことに疲れた老人。 昔はよかったと言おうとするが、別に昔がよかったわけではないということをいわれ、懐古主義すら否定されてしまい、自分の老いと正対せざるをえなくなる。

誰のための物語なのか

人生に疲れてきたエドの話とおもえる。私の妄想補完がはいるが、保安官であるエドは今回に限らず、死と生の戦いをずっと見てきている。もしかしたら、若い頃はその理不尽さに怒り、なんとか正しい結果になるように頑張ってきたのかもしれない。しかし、死は常に勝つ。人は必ず死ぬからだ。それを見続けることに、疲れを感じている。今回の件がトリガーとなって彼は引退する。最後に語られる夢は、あからさまに『雪降る夕方、森に寄りて』をなぞっていて、死をうけいれようとしているようにおもえる。少なくとも、積極的に生きたいという思いは消え、消極的に死を受け入れ始めているようにおもえる。

しかしなあ、そう解釈するとあまりに救いがないんだけど、どうしようね。

これをそのまま受け入れると、死ななきゃいけない気がするのでいやなんだよ!w

すごく不思議なんだけど、絶望すぎて、かえって殺しまくるアントンが清々しくて、何か困難があったら殺してもらおうかというくらいの清涼感をおぼえる。絶望を突き抜けるというか。なので、苦すぎるのに見た後に、自殺しそうにはならない。

「それでも生きていく」とおもって対比する映画は何かなとおもったら、『インターステラー』とか『もののけ姫』あたりじゃなかろうかね。『もののけ姫』だと脇役のエボシ御前、『インターステラー』だと主役のジョセフ・クーパーかな。でもどっちもエドよりもずっと若く、この映画でいうとルウェインくらいなんだよね。

じいさんないしばあさんが、死や老いに抗いながら、明るく生きていく姿を描く映画がないかな。

元ネタとなる詩

名前の元と思われる『ビザンチウムへの船出』と、最後の夢の元とおもわれる『雪降る夕方、森に寄りて』の原詩を置いておきます。どちらも1920年代に書かれたもの。訳そうとおもったけど、むずかしいので、ちょっと保留。

Sailing to Byzantium

By W. B. Yeats

That is no country for old men. The young
In one another’s arms, birds in the trees
—Those dying generations—at their song,
The salmon-falls, the mackerel-crowded seas,
Fish, flesh, or fowl, commend all summer long
Whatever is begotten, born, and dies.
Caught in that sensual music all neglect
Monuments of unageing intellect.

An aged man is but a paltry thing,
A tattered coat upon a stick, unless
Soul clap its hands and sing, and louder sing
For every tatter in its mortal dress,
Nor is there singing school but studying
Monuments of its own magnificence;
And therefore I have sailed the seas and come
To the holy city of Byzantium.

O sages standing in God’s holy fire
As in the gold mosaic of a wall,
Come from the holy fire, perne in a gyre,
And be the singing-masters of my soul.
Consume my heart away; sick with desire
And fastened to a dying animal
It knows not what it is; and gather me
Into the artifice of eternity.

Once out of nature I shall never take
My bodily form from any natural thing,
But such a form as Grecian goldsmiths make
Of hammered gold and gold enamelling
To keep a drowsy Emperor awake;
Or set upon a golden bough to sing
To lords and ladies of Byzantium
Of what is past, or passing, or to come.

※これ、一行目は完全にこの映画が引用したものっぽいんだけど、解釈に困るんですよね。エドは別に知性を無視する若者を嫌っているわけじゃないとおもうので。英文解釈としても僕にはちょっとむずかしいというのもあるし。

Stopping by Woods on a Snowy Evening

By  Robert Frost 
Whose woods these are I think I know.   
His house is in the village though;   
He will not see me stopping here   
To watch his woods fill up with snow.   

My little horse must think it queer   
To stop without a farmhouse near   
Between the woods and frozen lake   
The darkest evening of the year.   

He gives his harness bells a shake   
To ask if there is some mistake.   
The only other sound’s the sweep   
Of easy wind and downy flake.   

The woods are lovely, dark and deep,   
But I have promises to keep,   
And miles to go before I sleep,   
And miles to go before I sleep.
 
※Hisを「神の」と直接的に訳したほうがいいかなとか。そうすると "His house" って「教会」って言ったほうがいいかな、とか考えています。でもまあ、「死ぬまでにもうちょっとやらなきゃいけないことがある」と締めているわりには、「甘き死よ、我に来れ」という感じの、死へのあこがれを感じてしまう。
 
蛇足
ルウェインって聞かない名だなとおもったら、ウェールズ大公の名前でもあるのね。ただこれがキャラクター付けに影響があったのかどうかは不明。