cafe de nimben

見たものと、読んだもの

W.H. Auden"Twelve Songs"

「立ちあがってたたみなさい
君の悲嘆の地図を」

海街Diary』6巻の『地図にない場所』編で、糸さんがいうセリフ。

「イギリスの詩人オーデンの詩です
私は学校に行けなかった3年間
この詩に何度も救われました」

と続く。

「立ちあがってたたみなさい、君の悲嘆の地図を」の部分だけ抜き出すと、糸さんのように何度も何度も立ち上がるときに勇気づけられる歌として考えられる。

一部が一人歩きをするってことはよくある話。ぼくもここだけ読めば糸さんのように解釈するとおもうし、自分の力にするとおもう。

が、ほんとうにはなにを言っているんだろうとおもうので、例によって、原文にあたるわけです。

www.poemhunter.com

そうすると、ちょっと別の顔が見えてくる。

この詩は、その名の通り12の歌(詩)からなりますが、引用されている元ネタは、そのなかの第7編になるのかな。
以下、全文引用します。太字にした部分が、セリフで引用されているところ。

VII.
Underneath an abject willow,
Lover, sulk no more:
Act from thought should quickly follow.
What is thinking for?
Your unique and moping station
Proves you cold;
Stand up and fold
Your map of desolation.

Bells that toll across the meadows
From the sombre spire
Toll for these unloving shadows
Love does not require.
All that lives may love; why longer
Bow to loss
With arms across?
Strike and you shall conquer.

Geese in flocks above you flying.
Their direction know,
Icy brooks beneath you flowing,
To their ocean go.
Dark and dull is your distraction:
Walk then, come,
No longer numb
Into your satisfaction.  

試訳

ミジメヤナギの下で
なあ、拗ねるのはもう止めにしなよ
考えた後は、即行動だろう
何か考えなきゃいけないことってまだあるのか?
ただ落ち込んで何もしなければ
しんどいだけだろう
立ち上がってさ
オチコミ地図は、もう畳んで仕舞っちゃえよ

原っぱに響き渡る鐘の音は
ネクラ教会の尖塔から
そんな愛にやぶれた暗い嘆き声なんて
愛は望んじゃいないよ
生あるものは全て愛かもしれないから
膝を抱えてやり過ごすのはもう止めにしなよ
いっちょかまして、やっつけちゃいな

頭上をいく雁の群れは
その行き先をしり
君の足元の流氷も
いずれ海に流れいく
君の心は乱れて、重く鈍くなっているが
歩き出せ、そしてここにもどっておいで
自己憐憫にひたって引きこもるのは、もう止めにするんだ

 

第7編の原文だけを何度も何度も読んでみると、なんか振られて自己憐憫に陥っている友達の落ち込みが長いので、もうええ加減に引きずるのはやめて、こっちの世界にもどってこーい、という詩のように感じました。ところどころ意訳です(「with arm across」は直訳すると「腕組みをして」だけど「膝を抱えて」にしているだとか)

 

ここで「悲嘆」として訳されているのは "desolation" なのですが、ニュアンスを捉えるのがなかなか難しかった。

研究社 新英和中辞典での「desolation」の意味

研究社研究社
 
音節des・o・la・tion 発音記号/dèsəléɪʃən, dèz‐/音声を聞く
名詞不可算名詞
---
ケンブリッジ英英辞典では
  • desolation noun [U] (EMPTINESS)

the ​state of a ​place that is ​empty or where everything has been ​destroyed:

 source:

http://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/desolation

という感じで、「何かがあったものが壊れてなくなったという、からっぽ」→物理的風景としては「荒廃」、心理的風景としては「悲しさ、寂しさ」を示すようです。

だから、振られた直後の「わーぎゃー」というような嘆きというよりも、ぽっかりと胸にあいた空洞というようなもうちょっとエネルギーレベルの低い感じのようにおもいます。だから試訳では「オチコミ地図」なんて昔の歌謡曲のような訳をあててます。昔はアメリカンポップスの影響か「失恋レストラン」的な言い方があったので。絶望先生の「原作通り」でもいいんですけど。

ほんとうはもっと現代語っぽくしたかったので「凹んだ」という言い方をあてたかったのだけど、そうすると地図が物理的に凹んだように誤解されるような気がしたので止めました。

"underneath abject willow" も悩んだんですよ。「惨めな柳の下で」とかいっても、「惨めな柳」ってなによだし、「惨めでない柳」ってのはあるのか、とか考えだすとわけがわからないし。絵的には柳の下でメソメソしている図が浮かんだから、そこは枕詞的なものと解釈して、「ミジメヤナギ」という言葉をつくったという。ここはよくわから ない。

 

英語の詩ってなかなか難しい。でも難しいからこそ、ちょっと面白いね。