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見たものと、読んだもの

David Foster Wallace’s 2005 commencement address at Kenyon College

David Foster Wallaceが2005年にKenyon大学でした卒業スピーチ。

話している内容は、教養とは自分のデフォルト設定から自由になり、何か見えていないものがあることに自覚的で、普段の努力でそれを保つという泥臭い生き方のことだ、というものだ。教養があるよ、というのは、実践者として初めて意味があるといっている。

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これ、大学入試の英文長文読解に出てきそうな感じがする。作者が言いたいことは何か、100字で述べよ、的な。

でもこの文章は、5年ごと10年ごとに読み返して、振り返ることが大事なような気がする。

そういう意味で、同年の卒業スピーチである Steve Jobsスタンフォード大学のものとも一緒に覚えておくべき良いスピーチだと思う

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#英語字幕が大きくて読みやすい。

流れ

1824年に創立されたオハイオ州の私立大学、Kenyon大学。かなりの難関大学で、リベラルアーツを教えている。であれば、リベラルアーツ=教養とは何かを卒業スピーチで問うのは、当然というべきか。

教養を問うというのに「This is water」とは何やねん、ということになるのだが、この場合のwaterとは、当たり前すぎてわからないけどすごく大事なことの例えだ。

「二匹の魚が泳いでいて、逆方向から年上の魚が泳いでくる。『おはよう、水の具合はどうだい?』『え、水って一体なんのこと?』」から始まり、最後は「本当の教育は知識の量ではなく、認知の問題だ。ありきたりすぎて見えなくなっているものがあることを何度も何度も自分に思い起こさせないといけない『This is water』と」

 

このスピーチが難しいのは、話が発展しているから。

通常は「目に見えないけれど大事なものはあるよね」で終わる。というかこれをきちんと説明することですら、かなり難しい。

その上で、Wallaceは「その大事なものは、なぜ見えないのか」を説明する。

さらに、対策として「見えなくなりがちなものを、見えるようにキープする方法」を述べ、最後に「それは泥臭くしんどいけど頑張ろう」というところで終わる。力点はこの「頑張っていこう」にある。となると、三段階先に学士取得者を導こうとしている。

これを、ハイブローで抽象的なところではなく具体的に話す。トリッキーというか文芸的というか。これを受け止められるよね、と手加減をしないのが、卒業スピーチらしくっていい。

日常って、重いよね

大人って、本当に日常の優先度が低いとはわかっているが緊急度が高いものに振り回されることが多いのよ。自分が学生の頃だったらバカにしていた類のおっさんになっているとわかっている、けれどもサラリーマンとしてそれはやらないといけない、的な。

それが老害に見えることもわかっている。

例えば、働き方改革で言えば、なんでこんなくだらないドキュメントを作って稟議をあげてなんて儀式を通さないといけないのかと、若手社員だったら憤るようなことなんて死ぬほどあるよ。

でもさ、その中には通さないとその人が馘になるだけでは済まないようなことがあったりする。稟議がなければ独断専行で行ったものとして、懲戒免職になるかもしれない。場合によっては会社が倒産するかもしれない。これを上長が承認したこととして、変なトカゲの尻尾切りをさせないように、稟議をあげた人を守るようなものだってある。

上から怒られ、下から突き上げられ、客から怒鳴られ、そうしてただ流れに沿って生きていけば楽だ。だから人は「What the hell is water?」というようになる。

ああ、冒頭の話者が逆だったらもっとわかりやすかったかもしれない。若者が「How's the water?」と聞いて、年寄りが「What the hell is water?」と言い返すのが、「日常に負けて認知力を保てなくなったオトナ」が鮮やかに浮かんだのかもしれない。

でも、卒業する人向けのスピーチだから、主語は若者にしたいよね。それで、一回捻ったような感じにしているのかな、ムムム。

 

日常の重さに対抗して勝っても、こうなるかも

歳を取っても、認知力を失わずに生きていくってところで、この話を思い出した。

itoi-s.hatenablog.com

T先生は、人気を失っている。PTAとほとんどの生徒から。教師という職業からすると、辛い話だと思うのよ。

私は第三者だし、直接存じ上げないので、「いい先生じゃん! 教わりたかった!」とか思うけど、直接の関係者だったら絶賛できるかどうか、わからない。

T先生は、彼は、彼自身で失いたくない認知は、一切失っていないのだと思う。

Wallaceが求めた一つの理想が多分そこにあり、そしてそれでも生きていけというのは辛いし、あまりに上から目線になるので、何度か「私は年上の賢者ではない」と表明しているんだろう。

 

それでもなお、歩んでいく

 

日常に潰されそうになっても頑張っていこうという意味では「逆説の10カ条」にも通じるかもしれない。

The Paradoxical Commandments
by Dr. Kent M. Keith


People are illogical, unreasonable, and self-centered.
Love them anyway.

If you do good, people will accuse you of selfish ulterior motives.
Do good anyway.

If you are successful, you will win false friends and true enemies.
Succeed anyway.

The good you do today will be forgotten tomorrow.
Do good anyway.

Honesty and frankness make you vulnerable.
Be honest and frank anyway.

The biggest men and women with the biggest ideas can be shot down by the smallest men and women with the smallest minds.
Think big anyway.

People favor underdogs but follow only top dogs.
Fight for a few underdogs anyway.

What you spend years building may be destroyed overnight.
Build anyway.

People really need help but may attack you if you do help them.
Help people anyway.

Give the world the best you have and you'll get kicked in the teeth.
Give the world the best you have anyway. 

Anyway, The Paradoxical Commandments by Dr. Kent M. Keith

 

Wallace本人はのちに自殺している。認知を持ち続けることが難しかったのか、別の要因なのかはわからない。このスピーチからしか私は彼を知らないのだが、繊細で、それゆえに負けを知り、誇り高く、それ故に真正面から負けを捉えてしまう姿が透けてくる。楽しく生きることに徹するなら、Waterなんか知ったことではないとして生きる手もあったはずだ。強さそしてそれは、剛よく柔を断つというStrengthではなく柔よく剛を制すのResilienceが、さらに必要なのかもしれない。そしてそれは、そこまでできるのはスーパーマンだ。

WallaceがShyでそれを卒業生に求めなかったのではなく、それを押し付けることをよしとせず、それを選ぶ、何を考えるかを選ぶのは君たちだ、というとんでもない宿題を残していった気がする。

 

 

appendix

話している内容の英文書き起こし

www.1843magazine.com

 

元原稿?

This is Water - Alumni Bulletin - Kenyon College

実際上記で話している内容とは細部や構成の一部が異なる。これと比べると、話している内容の方が、少しとっちらかっているようにも思える。が、それがドライブをかけていて、もっと具体的なところでわかりやすくしようとしている感が見える。多分、最後の最後まで考えながら話しているんでしょうね。

わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

これが教養だ! 『これは水です』: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

ここで紹介されていなかったら読んでいません。書いて紹介してくださってありがとうございます。

日本語訳としてまず最初にヒットするもの。

この和訳がなかったら真面目に原文を読んでみようと思わなかった。感謝。

これは水です

 

カナダに留学している方の、このスピーチへの感想。

英文ポイント解説がわかりやすい。感謝。

mylife-canada-yolo.hatenablog.com