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見たものと、読んだもの

マチュー・カソヴィッツ『La Haine / 憎しみ』1995フランス

パリは2度ほど訪れていて、機会があれば再訪したいと思っているくらいには好きな街なのだが、もちろん暗黒面もある。テロや暴動が定期的に起きるのだ。

2005年のパリ郊外暴動事件

2015年のシャルリー・エブド事件

2015年の同時多発テロ事件

これに通奏低音として流れるのは、パリの移民政策。貧しい移民が固まって暮らす、パリ郊外の住宅街「バンリュー (Banlieue)」を中心に、時に静かに、時に激しく爆発する。

「貧民街」「スラム街」だから、と言っていても、遠い世界の話でわからないのだが、この映画が、そのバンリューの中の3人が主人公として描かれるのが、"La Haine" 邦題は直訳で『憎しみ』。1995年作品だが、全編モノクロ。

監督は、マチュー・カソヴィッツ。この作品でカンヌ映画祭の監督賞を受賞している。ちなみにこの年はクエンティン・タランティーノが『パルプフィクション』でパルム・ドールを取った次の年だ。 

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大ヒットしたフランス映画『最強のふたり / Intouchables 』(2011仏) で介護役を務めるドリスも貧民街と言っているが、おそらく、バンリュー出身。

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『憎しみ』で言いたいことは、時々挟まれるこのナレーションに集約される。

50階から飛びおりた男がいた。
落ちながら彼は確かめ続けた。
“ここまでは大丈夫”
“ここまでは大丈夫”
“ここまでは大丈夫”
だが大事なのは落下ではなく
着地だ。

 

原文であるフランス語では

C’est l’histoire d’un homme qui tombe d’un immeuble de cinquante étages.

Le mec, au fur et à mesure de sa chute, il se répète sans cesse pour se rassurer :

jusqu’ici tout va bien,
jusqu’ici tout va bien,
jusqu’ici tout va bien.

Mais l'important n’est pas la chute,
c’est l’atterrissage." 

 

直英訳すると、

This is the story of a man who is falling from 50-story-building.

The guy, as he falls, he himself constantly repeats to reassures himself:
until now, it is fine.
until now, it is fine.
until now, it is fine.

But the important thing is not the fall.
It is the landing.

ここから日本語にしてみると

これは50階建のビルから飛び降りた男の話。
男は落ちながら、ずっと確かめ続けていた。
今の所、大丈夫。
今の所、大丈夫。
今の所、大丈夫。
しかし大事なのは、落下ではない。
着地だ。

ほとんど直喩である。暴動が起きていないときは「今の所、大丈夫」と言い続けているが、5-10年に一度くらい、暴動という名の「着地」が起きる。

「着地」する人は、テロリストでも暴力団でもなく、描かれる3人のように、普通の若者にすぎない。そのやり切れなさを切り取っていて、1995年という随分前に作られた映画ではあるが、モノクロの効果もあって、古びない作品だと私は思っている。