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見たものと、読んだもの

カビール・カーン『バジュランギおじさんと、小さな迷子』(Bajrangi Bhaijaan) 2015インド

失語症の女の子と、嘘のつけないおじさんの、「ただいま」までの現代のおとぎ話

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159分と長いので、お時間あるときにどうぞ。

主演の二人のチャーミングさ、美しい映像、楽しいダンスシーンで、飽きずに最後まで見られると思います。

楽しいおとぎ話編

映像は、とてもカラフル。

デリーの市場の様子も、聖廟での祈りも、スイスのような山岳地帯も。全てが絵葉書にできそうな美しさ。

女の子が、偶然置き去りにされてしまう様子、それを悲しむ母。自分との婚約を確定するための、父との約束よりも、女の子を家に届けることを優先させよという姿。現代のおとぎ話だ。

そして、おとぎ話は、ハッピーエンドで終わる。その「収まった」感。

踊りの振り付けも今のストリートブラック系のものとは全く違うもので、私にはとても新鮮だ。

歌もハヌマーン神のお祭りなおに「セルフィー撮ろう」なんてセリフが入るのには爆笑させられた。それが、きちんと「現代の」おとぎ話としてのアップデートがされている感がある。

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チキンダンス!

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菜食主義の家に生まれているので、食べられないはずなのに、ムンニーのために歌うなんて、なかなかできることじゃないよね。奥さん(婚約者だけど)、男前で大好きだ。

 

キャラクターは、やはり主演の二人。

失語症の女の子(シャヒーダー/ムンニー)。底抜けに明るい天然のいたずらっ子の表情と時折見せる悲しみの表情の振れ幅がかわいい。子供とはいえ、ムスリム女性の顔が丸出しなのは初めて見たかも。

バジュランギを演じるサルマン・カーンは、インド映画の三大カーンの一人ということだが、私は初めて。今まではアクションスターとしてインド映画界を牽引ということだったが、確かにすごい分厚い肉体で、レスラーっぽいほどだった。

「至誠天に通ず」を指針として、一言罪のない嘘をつけばいいところでも、本当のことを真正面から言ってしまうというところを、助けてあげたい愛嬌のあるキャラクターとして演じるのは演者の魅力。ハヌマーン教徒って、教義で嘘を禁じられているのかしら?

憎しみではなく、愛を!

 

暗い過去編

インドとパキスタンは、歴史的に対立があり、何度も戦争をしている。

元々は、英領インドとしてイギリスの植民地だった。第二次世界大戦後の1947年、インドは、ガンジーなどの努力もあり、ついに独立する。しかし、統一インドではなく、インドとパキスタンとして。インドはヒンドゥー教徒の国として、パキスタンイスラム教徒中心の国となる。*1

 

名作『ガンジー』の中でも、統一インドとして独立できない悲哀が描かれている。

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分離独立の際は、インドにいるムスリムパキスタンへ、パキスタンにいるヒンドゥー教徒はインドへと相互に移動し、それに伴って難民化と、虐殺が行われた歴史がある。ロケがおこなわれているパンジャブ/ Punjab地方もそう。

この後も、カシミール地方(そう、ムンニーのふるさと)の領有権を巡って、インドとパキスタン(そして中国)での戦争も何度かある。

赤色で囲ってあるのがカシミール / Kashmir *2地方、点線が現在の(暫定?)国境線。基本はインド領だが……。

Kashmir map big.jpg
By Central Intelligence Agency, Washington, 2002 - This map is available from the United States Library of Congress's Geography & Map Division under the digital ID g7653j.ct000803. This tag does not indicate the copyright status of the attached work. A normal copyright tag is still required. See Commons:Licensing for more information., パブリック・ドメイン, Link

 

バジュランギの婚約者ラスィカーの父が激昂するのは、この戦争で、近しい人を失ったのかもしれない。(歳を考えると、1971年の第三次インドパキスタン戦争かな)

食べ物

ヒンドゥー教はインド由来の宗教全般をさすらしく、仏教もインドの中の広い意味ではヒンドゥー教の一派扱いなんだそうな。 

ヒンドゥー教徒のバジェランギは、インドの約40%の人と同じく菜食主義者。だから、肉は食べない。なので、ムンニーが隣のムスリムのところで鳥肉を食べているのを見てびっくりする。

私の知っているインド人は、確かに菜食主義者多い気がする。*3 酒も飲まないし。もちろん、肉を食べたり酒を飲んだりする人もいるので、線引きは人によるという感じかもしれない。

しかし、菜食主義であのレスラーみたいな体を維持できるってすごいねぇ。肉じゃないとできなさそうな体なんだけど。大豆由来プロテインの力??

ちなみに、インド人の菜食主義者とのご飯は、インド系の人がやっているカレーレストランに連れて行くのが一番楽。厳密な人は肉どころか鰹出汁のものもダメだから、普通の日本人では、何を進めていいのかよくわからないので。

カシミールのカレー、美味しいんだよねぇ。

ハヌマーン信仰

お猿さんです。一説に孫悟空の元ネタ。「ラーマ万歳!」

心の中にいつも、ラーマとシータを(胸を開けると物理的にいるよ、の図)

Hanuman showing Rama in His heart.jpg
By Anant Shivaji Desai - http://www.barodaart.com/oleographs-ramayana.html, パブリック・ドメイン, Link

 

ラーマーヤナ / Rāmāyaṇa』という「マハーバーラタ」と並ぶインド二大叙事詩で、ハヌマーンとラーマの話は語られている。

ラーマ王子はシータ姫と結婚。ラーマと対立するラークシャサ族*4が、シータを誘拐。拐われたシータを探しだしたのがハヌマーン。ラーマはラークシャサ族との戦争に勝ち、シータを奪還。

ハヌマーンは、ラーマに忠誠を誓い、勇気を持って戦う神様なのだ。

 

バジュランギは、この映画でハヌマーンとして行動する。*5 愛らしく、困難に立ち向かい、勇気と忠誠を持って、ミッションである送り届けを完遂する。そういう意味では、この映画はおとぎ話というより神話なのかもしれない。

おすすめです! 

*1:なお、映画とは関係ないが、現在は、三つのインドに別れている。

真ん中のインド。その両端がパキスタンだったが、距離と言語などの問題でそのままでは続かず、東側はバングラデシュとして1971年に独立することになる。

*2:Kashmirは、Cashmereの昔の綴り。そうセーターで有名なカシミヤ山羊の名前の由来。もっとも今のカシミヤ衣料の原材料は、ほとんど中国産でインド産ではない

*3:微妙な問題なので突っ込んだことはない

*4:悪鬼羅刹の「羅刹」

*5:よく見たら最初のミュージカルシーンで、「バジュランギの名を持つハヌマーン神」と歌っているので、最初からそのつもりで宣言してあるんですね。キャラソンを本編でやる親切設計