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見たものと、読んだもの

魚豊『チ。-地球の運動について-』(既刊6巻)

面白いという噂を聞いていたのだが、その通りだった。

年末年始に既刊6巻を大人買いして追いついた。

 

地動説を信じる人たちの戦い、と言ってもいいのかもしれない。

地動説自体を信じているのか、地動説を正統と叫ぶことで得られる何かを得ようとしているのかは、そのキャラクターに寄っている。

そこがいい。

 

チ。世界:15世紀P王国

長くC教によって固められた社会は停滞を生み、歪みさえも固定され、閉塞感に包まれる。貧困層だから文字はいらない。女だから論文は発表されないし、それどころか、学ぶ機会も制限される。蓄積された観測結果によって、いよいよ天動説の誤差が説明できなくなる。もし、地動説という見方をすることで、真理に近づけるのなら?

天動説を否定することはC教を否定することであり、それは異端者として処刑されることを意味する。見て見ぬふりをするのが賢い。異端でなければ天国は約束されている。天文など、普通に生きて死んでいく分には、別になくたって問題ないだろう。

いや、それでも。

タイトルから借りるなら、を流しながら動説というを得る過程を綴る物語というところから始まったのだろう。

私には、真理を得るという命懸けの活動を通して、閉塞した社会に対する違和感を拭い去り、自由を得る物語のように見える。

そういう意味で、現代を反映して描かれている時代劇という感じかしら。

 

ここからは、ネタバレ

まず悪役の異端審問官であるノヴァクが、少なくとも6巻までは統一されているのが良い。

 

ラファウ。12歳の天才少年

天才が故にちょろい人生が見えていたのに、他人から見たら馬鹿な真似をするのだが。

「燃やす理屈なんかより、僕の直感は地動説を信じたい」

 

バデーニ。隻眼の修道士。

凡庸であることを課せられ、それ以上のことをするならば罰を受ける世界。であれば、罰を多く受ければさらに勉強をすることができると逆手に取り、真理を極める道を進む。自己顕示欲の塊だが、それを裏付ける天才でもある。

「何故ですか。…何故、そんな悲劇を味わったのに、学問とか研究とか、そういうものから離れないんですか?」「神が人間に与えてくださった理性(かのうせい)を自ら放棄したくないからです」

 

天才少女、ヨレンタ。

女性であるが故に、論文の発表を男性に奪われる。学びたいのに自由に学べない。

「この世は、最低というのは魅力的すぎる」

(文字を評して)「200年前の情報に涙が流れることも、1000年前の噂話で笑うこともある。そんなの信じられますか? 私たちの人生はどうしようもなくこの時代に閉じ込められている。だけど、文字を読む時だけはかつていた偉人達が私に向かって口を開いてくれる。その一瞬この時代(セカイ)から抜け出せる。(中略)そんなのまるで、奇蹟じゃないですか」

ノヴァクの娘。

 

ピャスト伯。天動説の第一人者。

50年の観測記録をもとに天動説を裏づけようとし続けるが、その誤差に苦しむ。

 

オグジー。巻き込まれた代理決闘者。

「ちょっと前までは早く地球(ここ)を出て天国へ行きたかったけど、今はこの地球(かんどう)を守る為に地獄へ行ける」

 

みんな、理性では抑えられない、真理への欲望が爆発している感じがする。

もちろん自分がその時代の人であれば、黙ってC教に従うことを選びそうな気がするが、フィクションでこんな感じで命をかけてやりたいことをやるのを選べるなら、それはとても気持ちがいいだろうな。