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柳沼行『ふたつのスピカ』コミックフラッパー(全16巻)

宇宙飛行士になるための国立東京宇宙学校に通う5人の学生が、それぞれにもつあらかじめ失われたもの、それを真正面から受け入れて、前に歩み出す群像劇。

温かい嗚咽してしまった描写がいくつかあった。それだけこころのやらかいところに触れた上で、上を向かせてくれる、よい物語なんだなとおもう。

kindleだと2016年6月23日まで半額&20%ポイント還元なので、迷っているひとがいれば、買いですよ。

 

自分が生まれてくるときに、遺伝、環境などで、あらかじめ失われているものがある。大きいか小さいかの違いで、たぶん誰にでも。失われていることは、そのときの当人にとって大抵は悪いこと。ただ、それは見方によってはいいことだったり、一歩引いた視点で言えば、それだけ残っていればよかったほうなのだ、という場合もある。

主人公の鴨川アスミは、国産有人ロケットの事故で母親を亡くした。アスミの父は、その有人ロケット「獅子号」の技師で、途中で降ろされ、事故の補償係として遺族をまわる仕事に左遷され、一区切りおわってから退職し、今は借金を返すために工事現場で働いている。

アスミにしか見えない「ライオンさん」という幽霊がいて、「宇宙船の運転手」になるための訓練につきあっている。他に出てくるキャラクターも、それぞれに大きな欠落をもち、受け入れられず、もがいたり、クールなふりをして距離をとったりと、熱量はちがえど、苦しんでいる。

青春ものっていいなあとおもうのは、自覚して這い上がる姿すらも美しいところだ。

もちろん当事者にはそんなさわやかさを感じることはできないとおもうし、物語だからエグミをはずせている部分はあるとおもうので、おっさんの繰り言だとおもってもらってかまわないのだけど。苦闘すら、若さという二度と戻らない何かの一部としてみえてしまうのは、ずるいよね。おっさんでそういうのをやると、リアリティがありすぎて、辛くなりすぎるから。

大人は失われた可能性の墓場の上に、今の選択という道を作って、そこを歩いている。

その歩みを、「とぼとぼ」にするのか「はつらつ」にするのかは、自分次第だ。人生はいつか終わるし、ゴールにきちんと辿り着けるかどうかわからないようにできているのだが、どうせなら「はつらつ」と歩いていきたいとおもうくらいには、この物語に勇気付けられた。