John Cranko / ジョン・クランコ (2024/ドイツ)
ドイツの片田舎の "Leftovers" つまり「食べ残し」とまでいわれたシュツットガルド・バレエ団の芸術監督・振付師として活躍した、ジョン・クランコ / John Cranko の電気劇映画。
役者は、現役のシュツットガルド・バレエ団のダンサーが行っている。このため、ダンスシーンがとても素敵。
2024年冬に、シュツットガルド・バレエ団が東京で公演をした『オネーギン』をみた。これは、表題のジョン・クランコによって振り付けされたもの。
『オネーギン』の振り付けのシーンもあり、「あそこだ!」という楽しみ方もできてよかった。
1960年に、クランコが英国を追放されてシュツットガルドに飛行機でくるところから、映画は始まる。
飛行機のシーンは、"Catch me if you can / キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン" (2002/米国) のパンナム航空の感じに似てるとおもったが、これは1970年前後の話だから、たしかに近い時代の話だ。(ディカプリオが若いね↓)
機内でタバコを吸う世界観って、ずいぶん遠い昔な感じ。ちなみにJAL/ANAの国際線が全面禁煙になったのは、1999年らしい。
自分ではタバコを吸わないのだが、60-70年代の映画の喫煙シーンはかっこいいとおもう。
役者は現役のバレエダンサーではあるが、舞台に立っているだけあって表情のメリハリはとてもいいとおもう。
クランコの心情を表す時、振り付けをする時、METでの上演など、あらゆるシーンでバレエが踊られる。客席では見えないようなアップもあるので、迫力があって素敵だった。
映像のライティングと構図がすばらしく、どの場面で一時停止をしても、ポスターになるような感じだった。
バレエを堪能するのに、とてもよい作品。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』/ Andy Weir "Project Hail Mary" (2026)
いい映像化。これは、見るべし。
IMAXなど、なるべく大きなスクリーンがいいとおもう。宇宙ひとりぼっちで星の海の中にいる美しさと寂しさを感じる没入感を楽しむために。
映像化しづらいところもあるので、興味が出てきたなら、ぜひ原作も。
原作小説とのいちばん大きな違いは、
原作が一人称なのに、映画だと一人称になりえないこと。
このため、原作では、読者は読みながらどういう状況かを、主人公と一緒に明らかにしていくというのが醍醐味なのだが、それはなくなっている。これが、ネタバレ警報に引っかかりやすいところ。
また、どうしてもいいシーンがカットされてしまうこと。小説を映画にしようと思ったら、単行本の半分くらい(キングの『恐怖の四季』程度)が最適だとおもうので、この映画は156分とはいえ、だいぶ省略しないといけない。絵にしづらいところは、やっぱりカットされるよねぇ。
逆にいいところは、絵としてシーンを見ることができること。特にSFの場合は、自分の頭の中で絵を構築するのが難しいことがあるが、スクリーンにそれがみえているのは、とても気持ちがいい。映像もとてもキレイだし。
以降ネタバレを含みます。
原作を読んだ時に、いちばんのびっくりポイントは、これは記憶障害を負った勇敢な宇宙飛行士が一人で地球を救う話なのかとおもったら、ファーストコンタクトものだったこと、そしてバディムービーだったこと。しかし、予告編でロッキーが動画として出てしまったからには、そのびっくりポイントはもうびっくりポイントではない。それはちょっと悲しかった。
キリストとしてのグレース
見ながら思ったことは、かなりキリスト教チックだなということ。
題名の "Project Hail Mary" で、"Mary" は聖母マリア様。
主人公は、わりと頑なにファーストネームではなく姓である "Grace" と呼ばれる。
そう、天使祝詞 (アヴェ・マリア) "Ave Maria"、英語訳の冒頭は "Hail Mary, full of grace" の "Grace"だ。
彼は、三日間ではなくもっと長い昏睡から「甦る」し、そのときは長い髪に長い髭で、まるでスペインの十字架に磔されたキリストのようなビジュアルだ。そして、最終的に人類を救う。これは「神の子」ではないか。
宇宙船の中は、どうしても「岩の墓」っぽくなる。
まあ「岩の墓」よりも、"2001: A Space Odyssey/2001年宇宙の旅" (1968) っぽいかも。とてもクリーンな閉塞空間。
イースター(キリスト復活祭)前に公開されたのにも意味を感じてしまうけど、流石にこれは考えすぎか?
しかし、
とはいえ、それ以降は、Graceは人に戻る。ウォッカを飲み、人としての弱さを持ちながら、科学者としての好奇心で進んでいく。
ちなみに原作では、あまりキリストっぽい描写はされていない。ただ、カテーテルを無理やり外した後に出た出血による線が "Thin Red Line" として描写される。
映画では省略された、The Thin Red Line という意味
原作では、太陽から金星までのアストロファージがつくるペトロヴァ・ラインのことを指している。しかし、"The Thin Red Line" という言葉には別の意味がある。
圧倒的な敵に対して、脆弱で英雄的な行動により、守られた境界線という意味で使われる言葉だ。
よって、地球上の生物を守るための薄い絶対防衛線のことの隠喩として読者に示されることになる。映画ではこのくだりはほぼ省略されている。
1854年のクリミア戦争で、ロシア騎兵に対して、赤い軍服を着た英国軍歩兵が方陣ではなく二列横隊で対抗した、薄い (Thin) 赤い (Red) 防衛線 (Line) のことが語源だ。

ロバート・ギブ - nms.ac.uk/, パブリック・ドメイン, リンクによる
1854年10月25日:クリミア戦争バラクラバの戦い (Battle of Balaclava)
左の赤い横隊が、英軍第93歩兵連隊 (93rd (Highland) Regiment of Foot)、右がロシア騎兵。数的劣位でかつ、騎兵に対する歩兵という条件にもかかわらず、薄い戦線で勝った、という実際の戦い。
GraceとHail Mary 号という、なんともか弱い部隊が、地球の生命という絶対防衛ラインを守るという意味で、これはわりと象徴的な言葉なのだが、どうやらこれを上記のキリストっぽい描写に取り替えたのかな。
"The Thin Red Line" だと、わたしはテレンス・マリック監督の同名映画 (1998年) を思い出してしまうのだが。
この映画の場合は、正気と狂気、天国と地獄の薄い薄い境界線をまざまざと見せるものなので、"Project Hail Mary" で出てくる "Thin Red Line" とは全然別の意味なのだが。
時間の経過
地球からタウ・セチeまでの距離が約12光年。
前半を1.5Gのアクセルの等加速度運動、後半を1.5Gのブレーキの等加速度運動
と仮定した場合、地球からタウ・セチeに到達するのに片道約13年。
ということはビートルを同条件で投げ返せるとして、地球に戻るのに、往復26年。地球滅亡まで30年という試算がされていたので、あと4年でなんとかしないといけない。
あと4年でなんとかするproject自体も実は "Project Hail Mary" であることがわかる。それまで核戦争で人類自滅もありうるのだから。
そういう意味で、最後にEvaがのる船がビートルを回収しに行く姿が映し出されたのは、全世界が理性を保って協力していたのだとわかるので、とてもうれしい。
なお、浦島効果により、タウ・セチe に到着した時の船内時間は、約4年。(原作小説には3年9ヶ月とある。ちなみに、ChatGPT 5.4 thinking はきちんと計算できた。すごい)
バディであるロッキー
それとは別に、ロッキーがかわいい。
ロッキーにより、惑星タウ・セチeが「エイドリアン」と命名されるのは、映画"ロッキー/Rocky" から引っ張ってきているよね。
MGMの映画だから、他の映画配信会社のものよりも "Rocky" のシーンを実際に持ってきやすかったのかな。(MGMがいまは amazon のグループ会社になっているのは知らなかった)
映画では、グレースをロッキーが助けたが、原作小説ではロッキーがグレースを助け、その後グレースがロッキーを助ける。ふたりとも命懸けで。このあたりが、熱いバディムービーなんだよね。
映画オリジナルシーン: Sign of the Times
この曲のカラオケシーンがよかったなあ。
ここ10年くらいのハリウッド映画は、劇中歌の歌詞とシーンが一致しているようなものが多い。これもそうだ。
見ている時は、なんでこんなに悲しい歌を歌うんだろうとおもっていたが、よくよく歌詞を見ると、Bad End から旅立とうという意味に解釈するのがいいとおもって、違和感がなくなった。
いいシーンだった。
あと、全球型スクリーンのシアターはよかった。殺風景な「岩の墓場」だけでなく、生きていることを、地球の思い出を映像でみることができるのは、どれほど心の支えになるだろう。
地球はヘイルメアリー号によって救われるまで、保つのか?
地球滅亡まで、約30年。
社会的に:
国と国が食糧などを分け与えあってという理想的な環境でのこと。もちろん自国民によって選出されている代表が、自国民を餓死させる選択をとるわけはなく、これによって戦争がおこって、人類がもっと早く絶滅する可能性はある。
気象的に:
映画の冒頭でも触れられているが、地球の平均気温が下がっていく。ということは、今起こっている地球温暖化とは逆の気象変動が起こることになる。江戸時代や平安時代は日本はもっと寒かったとされるし、そのころ「でさえ」冷夏などの理由によって飢饉は起きていた。
映画ではカットされているが、原作では描かれているので、ぜひ読んでみてください。
AIの描写がないようだが?
ニューラルネットワークという言葉は原作に出てきている。ニューラルネットワークは、ChatGPTなどにつかれている、GPTのT = Transformer の基本的な考え方だ。
生成AIは、最も確からしい答えを生成するだけ。なぜそれを選んだのかという検証をしようとしても、その判断根拠は示されることはない。
このため、「自動昏睡モニタリングおよびケア・ステーション」は、判断が検証可能なように、Procedural Generation (プロシージャル生成)であって、「けっしてAIではありません」という説明がされる。
なお、ChatGPTなど、今の大規模言語モデルの大元になった考え方 "Transformer" は、2017年にGoogleが発表した "Attention is All You Need" という論文で提唱された考え方。"Project Hail Mary" が刊行されたのは2021年。ちなみにChatGPTが公開されたのは、2022年。
生成AIによる自然言語理解が2026年にこんなに進んでいるとわかっていたら、宇宙船の中の学習するAIとグレースが相談しながら解決していくという物語になっていたかもしれないね。あるいはロッキーも含めて3人で、かな。
参考
英国国立陸軍博物館 バラクラバの戦い
原作感想
予告編感想
伊藤悠『シュトヘル』(全14巻)
文字を守る、ということについて。
滅ぼされた国の言葉が、いまだに解読できてしまうというのは、ロマンだねぇ。
時代は13世紀初頭
日本で言うと鎌倉時代で、元寇が起きるちょっと前の話。
舞台は西夏
西夏は、現在の中華人民共和国寧夏回族自治区あたりにあった実在の国。西夏の王陵 (見た目はピラミッド) は現在も残り、2025年に世界遺産に認定された。
地理的には、北にチンギス・ハン率いる蒙古、東に金、東南に南宋がある。
主人公
シュトヘルは主人公の名前で、悪霊を意味する。
伊藤悠は『皇国の守護者』のコミカライズを手がけたひとで、アクションシーンの作画がすばらしい。
主題
西夏文字を完全に無くしてしまおうとするチンギス・ハン。シュトヘルと、西夏ツォグ族の王子ユルールは、西夏文字の玉音同(玉でつくられた文字版)を守り、後世に伝えようとする。
なぜ、ユルールは守ろうとし、なぜテムジンは滅ぼそうとしているのかという動機は、読んでのお楽しみ。
文字の大事さ
『チ。』の登場人物、ヨレンタが言っている;
(文字を評して)「200年前の情報に涙が流れることも、1000年前の噂話で笑うこともある。そんなの信じられますか? 私たちの人生はどうしようもなくこの時代に閉じ込められている。だけど、文字を読む時だけはかつていた偉人達が私に向かって口を開いてくれる。その一瞬この時代(セカイ)から抜け出せる。(中略)そんなのまるで、奇蹟じゃないですか
のことだ
残っている西夏文字の例:
ヨレンタは、昔の話を読む側だったが、シュトヘルは西夏文字を残そうとする側だ。
西夏文字は、11世紀に公布され16世紀くらいまで使われていた漢字と似ている文字で、現在は死語になっている。1960年代に日本の西田龍雄などにより解読された。
現在は、Unicodeに6,145文字が登録されている。フィクションではあるが、ユルールの思いは現在までつながった、ということになる。
たとえば:
𘄡𗇋𗕎𗕎𘒣𘓐𗛮 𗲌𗋽𗨷𘙥𗶷𘓐𗝿 (unicode 表記. ほとんどの人には▪️だけ見えているはず)

というような文字が残っている。
出典:BabelStone on Bluesky : Tangut
これは、東京の駒込にある東洋文庫ミュージアムの「知恵の小径」にも書かれているようだ。
あえて漢文調に訳すと
賢者静言、衆人従之。河水徐流、衆人入之。
100%正確ではないが、以下のように表せる。
前半:𘄡𗇋𗕎𗕎𘒣𘓐𗛮
𘄡𗇋 = 賢い人 / 賢者
𗕎𗕎 = 静かに / 穏やかに
𘒣 = 言う / 語る
𘓐 = 人々
𗛮 = 従う・信服する・納得する
後半:𗲌𗋽𗨷𘙥𗶷𘓐𗝿
𗲌𗋽 = 川の水 / 河水
𗨷𘙥 = ゆるやかに / 緩やかに
𗶷 = 流れる
𘓐 = 人々
𗝿 = 入る / 中へ入っていく
なお、録音メディアがあるわけではないので、完全とは言えないが、音声としても再建はできている模様。
参考:
紙で書かれた西夏の音同(早稲田大学)
東洋文庫ミュージアム 知恵の小径
東京のバレエホールの休館について
上野の東京文化会館が今年から改修工事に入る。
そういえば、サントリーホールとかもだったよなとおもったので、ちょっとまとめてみる。
バレエの公演は、海外からの客演や東京バレエ団が主戦場にしている東京文化会館かBunkamuraオーチャードホール、新国立劇場バレエ団の東京オペラシティが三大拠点だとおもっているのだが、このうち2つに、同時休館予定があるというのは、ちょっと厳しいというか、さびしいなあ。
| ホール名 | 現在 | 休館予定 |
| NHKホール(渋谷) | 開業中 | なし |
| すみだトリニティホール(錦糸町) | 開業中 | なし |
| 東京芸術劇場(池袋) | 開業中 | なし |
| 東京オペラシティ(初台) | 開業中 | なし |
| 東京文化会館(上野) | 開業中 | あり (2026年5月〜28年度中) |
| サントリーホール (赤坂) | 開業中 | あり (2027年3月から6ヶ月) |
| オーチャードホール(渋谷) | 開業中 | あり (2027年1月〜未定) |
| 日本大学カザルスホール (御茶ノ水) | 貸出終了 | (注) |
注:
カザルスホールは、2023年に2026年(今年) 6月に再開という報道があった。しかし、2025年9月17日の千代田区からのプレスリリースでは、千代田区と日本大学が「運用再開に向けた協議を開始」に後退。再開時期は明示されていない。
『たたかう仏像』静嘉堂文庫美術館
「たたかう」とあるが、展示されていたものは、かわいいものが多い。
曜変天目以外は撮影OK(フラッシュや動画はNG)というのもよい。
気になったものを。
普賢菩薩像(一幅)
東京国立博物館所蔵のと同様に、三化人が描いてあって好き。楽しそうに「いえーい」という感じだから。

三化人は、普賢菩薩が乗る白像の頭頂部に描かれる三人の知恵の化身。
法華経にはこうある
当象頭上。有三化人。一捉金輪。一持摩尼珠。一把金剛杵挙杵。擬象。象即能行步。脚不履地。躡虚而遊。
ChatGPT ver5.2 thinking に、現代語へ意訳してもらうと
白い象の頭の上には、三人の「化人」――つまり、普賢のはたらきが目に見える形になって現れた小さな使者が乗っている。
その三人はそれぞれ役割がちがう。
一人は金輪を握っている。これは「正しい教え(法)が世の中を動かしていく力」のしるし。
一人は摩尼珠(如意宝珠)を持っている。これは「迷いや穢れを清め、必要な恵みを与える光」のしるし。
もう一人は金剛杵を手にし、(それを掲げて)象に合図する。金剛杵は「障りを砕き、ためらいを断ち切らせる突破力」の象徴。
金剛杵で促されると、象はすぐに歩き出す。
しかもその歩みは、ただ地面を歩くのではない。足は地に触れず、虚空を踏むようにして滑るように進む――つまり、普賢の来臨はこの世の重さに縛られず、いっきにあなたのところへ届く、ということを表している。
金輪、宝珠、金剛杵までは、きちんと見えなかった(グラスをもっていなかったので)のだが、この三化人が描かれていると、なぜかとても嬉しい。

ちっちゃくて精密でかわいい。
江戸時代のものなので、色も褪せてないのもいい。
毘沙門天さんは立像なのだが、扉のところに絵で脇侍が描いてある。
右脇侍:吉祥天(毘沙門天の妃)
左脇侍:善膩師童子(ぜんにしどうじ、毘沙門天と吉祥天の息子)
十二神将立像(1228/鎌倉時代)

いい表情だなあ。
十二神将は薬師如来と紐づけられることが多い。奈良の新薬師寺 (747年創建) の国宝のものが有名。だが、薬師寺 (680年創建) には十二神将立像はない。どうやら最澄(伝教大師)あたりから、十二支と十二神将の紐付けが始まり、兜の上に干支の像がつくようになったのは鎌倉時代あたりからのようだ。こちらの十二神将のあたまには、馬頭がついているもんね。
十二霊獣図鑑

かわいい。ボルゾイみたいな長い顔。羽がついて飛び跳ねそうなやんちゃな感じ。
12体(柱?)の霊獣図鑑に記載されている。周王朝時代に遡れるようなことが書いてある。室町時代の作品なので、記載されている霊獣の箔付のために、いろいろ書いたものかもしれず、詳細不明。護符などとして使われた形跡もない。説明文から色々調べると、中央アジアの西からシルクロードで伝わってきたのかもしれない。
あまりにかわいいので、ミュージアムショップで、クリップをお買い上げした。
その他
槍銘 備前国住長船勝光宗光備中於草壁庄作
15世紀 (1486年) に作られた、平三角造という断面が二等辺三角形の槍の穂で、一番広い面に不動明王さんが持つ三鈷剣が彫られている。
ちなみに、1486年は、室町時代で、一休宗純が数年前に亡くなり、太田道灌が亡くなり、まだ第8代将軍足利義政が存命(もう将軍ではない)、銀閣が数年後に創建されるという年。
千手観音二十八部衆像
28という数字は、"fate strange Fake" にでてくる「二十八人の怪物 (Clan Calatin)」(ケルト神話の登場人物たちから取られたと思われる)と関係があるのかとおもったら、偶然の一致みたい。

