cafe de nimben

見たものと、読んだもの

大英博物館『マンガ展』の図録

ラッキーなことに、大英博物館でやっていた『マンガ展』の図録を手に入れた。

magazine.manba.co.jp

これをざっと見るだけで、行くべきだった展覧会だということがわかった。

メインキャッチの絵が、『ゴールデンカムイ』のアシリパさんだったから、現代によっているのかと思いきや、浮世絵から、手塚や赤塚から、萩尾望都竹宮惠子というレジェンドから、井上雄彦尾田栄一郎こうの史代などなど、かなり満遍なくカバーしている。

こんなに網羅的に開催されていたのか。


The Art of Manga at British Museum | Exhibitions | Showcase

トーハクでいつかやらないかなあと思いつつ、ゆっくりと図録を読もう。

 

 うむむ、難しいのか。

末次由紀『ちはやふる』映画版と合わせて

 漫画の『ちはやふる』と映画のそれとは、違うんだけど一緒の物語のように思う。

Kindleまとめ買い版

漫画版の『ちはやふる』はまだ完結していない。しかし、第1巻の最初の見開きを見ると、もうすぐ終わろうとしているのではないか、というところまで差し掛かっている。

終わってから一気読みも良いが、お話が終わるかもしれないドキドキを共有するのが連載リアルタイムの醍醐味というものだろう。

話のはじめは小学六年生。今は、高校三年生の10月中旬。三年間を今の所42巻で書いている。

 

今をときめく広瀬すずがヒロインで映画化というと、アイドルのプログラム映画かと思うが、違う。ど真ん中の青春映画だと思う。

青春映画とは、何かを打ち込む青春の姿を描く映画。

カルタを横軸に、太一、新、千早の3人の人間関係を縦軸に織られた大河ドラマだと思う。しかし、ある意味青春らしく、この3人の「好き」は、恋なのか友情なのか戦友なのか、いまいち判然としないところが、みぞみぞするポイントになっている。

カナちゃんと机くんの方がよっぽどわかりやすい。

 

ちはやふる』はカルタの天才を書いている漫画ではあるのだが、同時に負けて去っていく凡人を描いた作品として、私の胸を打つ。Good Loserという、潔い負けを描いているわけではない。私のような凡人が、いかに負け、負けたことに負けずに生きていくのかということを書いているかのような。青春の全てを賭けて勝つことも、負けることも、青春を過ぎたらただの一コマとなっていくに過ぎないという切なさと、それでもたくましく生きていく様を突きつけられるような。

うん、生きることは、インスタグラム的な人から見て映えることを第一目的としなくてよい。興味のない人から見たら「たかが」カルタのようなものに 貴重な時間を費やして良い。カルタが手段でも目的でも良い。目的が競技に勝つことだったり、昇級することだったり、恋人ができることだったり、深く百人一首の世界に浸ることができることだったり、田舎のばーちゃんに知ってもらうことだったり、それはなんでも良い。

自分が自分であることに満足できる何かをなしたならば、それでいい。 なせなかったら、ツライ。でもそのツラさも、良い。

ただ懸命に生きる。愚直に生きる。そこに愚直になることに賭けるものと出会えたこと自体ですでに勝利、的な。

んー、これも一つの「生きているだけで丸儲け」的なものなのかもしれない。

 

 

 

 DVD 

 

 

 

 

クリムト展 - ウイーンと日本1900 @東京都美術館

クリムトを生で見るのは初めて。

素晴らしかったです。

 

Webサイト

https://klimt2019.jp/

 

ユディトⅠ

Gustav Klimt 039.jpg
By グスタフ・クリムト - http://www.belvedere.at/en/sammlungen/belvedere/jugendstil-und-wiener-secession/gustav-klimt, パブリック・ドメイン, Link

1901年 油彩、カンヴァス / ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館

84×42cm なので、そんなに大きくない。大作かと思っていたんだよね。

クリムトのこの作品は、異様に書き込まれた黄金の首の文様とユディトの蕩けるような顔。ホロフェルネスの顔はほとんど見えない。有名な絵の流れからしても、異様な作品。20世紀は始まっているが、世紀末的退廃が漂う。エロスとタナトス

元ネタのユディト記

アッシリアの王ネブカドネザルが、ユダヤに侵攻。アッシリア軍司令官ホロフェルネスは、ユダヤのベトリアを包囲。その町の美しい寡婦ユディトが、ホロフェルネスを酔い潰し、首をはねる。動揺したアッシリア軍をユダヤが追い払う、というのが旧約聖書のユディト記のお話。

1472年ごろ。ボッティチェリ『ユディトの帰還』 

Sandro Botticelli 020.jpg
By サンドロ・ボッティチェッリ - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, Link

敢然と敵司令官と対峙し、勝利を収めた誇らしさと凛とした意志を感じる。

 

1530年のクラナッハ作のユディト

Lucas Cranach d.Ä. - Judith mit dem Haupt des Holofernes

Lucas Cranach d.Ä. - Judith mit dem Haupt des Holofernes (Staatsgalerie Stuttgart).jpg
By ルーカス・クラナッハ - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, Link

なかなか無表情。ホロフェルネスの首の肉の盛り上がりがリアルで気持ち悪い。

首取りましたので、ちょっと記念撮影というような、軽い感じが怖い。

 

1598-99ごろのカラヴァッジォ作

Judith Beheading Holofernes by Caravaggio.jpg
By ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ - http://www.ibiblio.org/wm/paint/auth/caravaggio/judith.jpg, パブリック・ドメイン, Link

スカーレット・ヨハンソンに似ているこのユディットだと、腰が入っていないから首が切れなさそうではある。お付きの老女の方が強そう。とはいえ、それ以外はカラヴァッジォらしいテネブリズムがリアリティを添える。

なんでこんなに腰が引けたように描いたんだろう、ホント。 

 

 

しかし、全然みなさん作風違うのね。

ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)

Nuda Veritas by Gustav Klimt, 1899, oil on canvas - California Palace of the Legion of Honor - San Francisco, CA - DSC02764.jpg
By Daderot - Own work, Public Domain, Link

これは、大きい。244×56.5cm

ユディトの顔にも共通する、ぼんやりとしている二次元的な体、青と金の組み合わせが美しい。

 

 


【クリムト展】《ベートーヴェン・フリーズ》CG映像

第九、フルトベングラーとは、わかってらっしゃる。

凍れる音楽という感じ。リズムとか、合唱の様子とか。五線譜を絵に書き起こしたような。とはいえ、音楽的な部分を一旦停止してみても、これまた美しい。

 

 

 

特別展「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」 @東京国立博物館 平成館

『阿・吽』以来、私の中で空海がブームなのだが、東寺も重要ポイントですね。

割と昔からお寺さんは好きで、その中でも東寺は雰囲気が好きなのと京都駅から近くて便利が良かったので、よく行っていました。今回はそのときわからなかったことを知ることができるという、とても良い機会でした。


東博のページ

www.tnm.jp

特設ページ(数ヶ月後にはなくなっているかも)

toji2019.jp

 

一番楽しかったのは、立体曼荼羅の中を歩くこと

どうしても、正面から見るだけになりがちなのですが、仏像の間を縫うように歩けるというのは良かった。

 

第1章 空海と後七日御修法

第2章 真言密教の至宝

第3章 東寺の信仰と歴史

第4章 曼荼羅の世界

 

nimben.hatenablog.com

 

 

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日本橋ヨヲコ『少女ファイト』講談社

気にはなっていたんですよ、この作品。

Kindleで3巻まで無料。まとめ買い(現在合計15巻。未完結)が20%オフだったので、これを機会に購入。

もっと早く買っておけばよかった。

 

 

楽しいには二種類ある。

ほんわか〜とした日常系なものと、自分が目指す高みに向かって何かを犠牲にしてでも勝ち取る喜びという激しいものと。『少女ファイト』は、圧倒的に後者だ。しかし、スポ根というのはちょっと違う。根性がないとできないことはしていると思うが、行動は根性というガソリンで、最新のメンタルのテクニックも含めて動いている。

 

子供は年齢よりもオトナなことはあるし、大人は年齢よりもコドモのことがある。

というか、年齢関係なしに、これについてはオトナ、これについてはコドモという多面体なのだと思っている。

人から見て大人なのか子供なのかというのは、役割による色眼鏡でそう見ていているだけで、本質は、変わらないのかもしれない。というか、変わろうとしない限り、変わらないのだと思う。(変わろうとしても、変われないことも、変わりたいのとは別の方向に変わってしまうことも、ある)

 

犬神鏡子というキャラクターがいる。

主人公の大石練が在籍する黒曜谷高校女子バレー部のキャプテンである。

彼女は、とても大人に見える。喘息による虚弱体質からワンローテしか保たないながら、試合を支配するセッター。ワンローテしか出ないくせに、各部員の最高到達点などを全て把握した上で、ベストなトスをあげるというバケモノ。そのオトナな気遣いが彼女のキャプテンシーを支える。

が、彼女とて高校二年生なのである。

細かくはネタバレになるから書かないが、幼稚に動揺するシーンもある。それが極端に触れるのが思春期というか高校生というかというのはあるかもしれないが、いやいや、大人になってもそうは変わらないよ、と思えるところがこの作者の芯なのだろう。

この前の作品である『G戦場ヘブンズドア』は、創作をする人の業を描いたすごい作品なのだが、どちらかというと如何しようも無い「情」を描いている。たった3巻なのだが、すごい密度で、知恵熱が出そうなくらいだ。

  

悩んだ時、何かに囚われてしまった時、この作品を読むと元気になれる。

名言が多いし、多分これは、『G戦場ヘブンズドア』のあとで、あの三人が大人になる過程で学んできた言葉なのだろうという気がする。

 

3巻P111 小田切

どうにもならない

他人の気持ちはあきらめて

どうにかなる自分の気持ちだけ変えませんか

少しずつでいいんで

4巻 P84 小田切

人に誤解されるのが

慣れるわけないですよ

9巻

P121 笛子監督

いいかいつでも行き詰まったら
整理整頓して掃除に励め

そうすればおのずと心も安定してくる

 

P123 大石真理


わたしたちは
嫌なことがあっても
自分の気持ちだけは
選ぶことができます

まじめに
嫌な気持ちを
選ぶことは
ないのです

姉ちゃんは
本当の強さって
体型や能力ではなく
変化していける
ことだと思います

自分はこうだと
決めつけないでね

練ならできるよ 

 

P183 黒曜谷高校女子バレー部のコピー

memento mori

vita brevis, ars longa

 

P191 式島未散

自分で自分を
許せなくなる
くらい
気高い激しさを
もったやつが
好きなんだよ

 13巻 しの

私が自分で傷ついたって認めない限り
誰も私を傷つけられないわ

15巻 P50 由良木コーチ

いいか春高は人生の縮図だ

理不尽な不幸も仕組まれた罠も
普通にあって当然なんだよ

多くの人間が関わってりゃ
トラブルは必ず起こる

万全の態勢で戦える機会なんて
Vリーグでもオリンピックでも
ほぼねぇぞ

感情が揺らいだら
すぐに呼吸を整え
リラックスして
姿勢を正し
常に体を動かせ

この戦場で
負の連鎖に
巻き込まれるな

P51

笛子監督

怒りでお前の知性を消すな。

試合中は不要な憶測をせずに

チームに必要な情報を取捨選択しろ

それが司令塔(セッター)の役割だ

お前の言葉は力がある

慎重に使えよ

 

P127 知花

愛し合う人との
お別れは
永遠に続く関係を
手に入れたのと
同じ

もうこれ以上
厚子ちゃんは
お母さんを
なくさないし

はじめから
なくして
ないのよ

 

15巻P178 蜂谷

自分の感情は
自分で処理
するしかない!

だからあんたが
相手の感情に
責任をとる
必要はない!

よそはよそ!
うちはうち!

たとえそれが
仲間同士で
あっても!

他者と自分はあくまでも別のものと諦め(明らめ)、自分がコントロールできるものだけに集中し(マインドフルネスと、ニーパーの祈り)、自分が目指すゴールに集中する技法でもあるなあ、と。

まあ、これを高校生でできたらバケモノのような気がするけど、世界を目指すアスリートなら、やっているのかもしれない。

さて、連載が佳境を迎えるみたいなので、あと数年、ドキドキしながらお付き合いするか。