いい映像化。これは、見るべし。
IMAXなど、なるべく大きなスクリーンがいいとおもう。宇宙ひとりぼっちで星の海の中にいる美しさと寂しさを感じる没入感を楽しむために。
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映像化しづらいところもあるので、興味が出てきたなら、ぜひ原作も。
原作小説とのいちばん大きな違いは、
原作が一人称なのに、映画だと一人称になりえないこと。
このため、原作では、読者は読みながらどういう状況かを、主人公と一緒に明らかにしていくというのが醍醐味なのだが、それはなくなっている。これが、ネタバレ警報に引っかかりやすいところ。
また、どうしてもいいシーンがカットされてしまうこと。小説を映画にしようと思ったら、単行本の半分くらい(キングの『恐怖の四季』程度)が最適だとおもうので、この映画は156分とはいえ、だいぶ省略しないといけない。絵にしづらいところは、やっぱりカットされるよねぇ。
逆にいいところは、絵としてシーンを見ることができること。特にSFの場合は、自分の頭の中で絵を構築するのが難しいことがあるが、スクリーンにそれがみえているのは、とても気持ちがいい。映像もとてもキレイだし。
以降ネタバレを含みます。
原作を読んだ時に、いちばんのびっくりポイントは、これは記憶障害を負った勇敢な宇宙飛行士が一人で地球を救う話なのかとおもったら、ファーストコンタクトものだったこと、そしてバディムービーだったこと。しかし、予告編でロッキーが動画として出てしまったからには、そのびっくりポイントはもうびっくりポイントではない。それはちょっと悲しかった。
キリストとしてのグレース
見ながら思ったことは、かなりキリスト教チックだなということ。
題名の "Project Hail Mary" で、"Mary" は聖母マリア様。
主人公は、わりと頑なにファーストネームではなく姓である "Grace" と呼ばれる。
そう、天使祝詞 (アヴェ・マリア) "Ave Maria"、英語訳の冒頭は "Hail Mary, full of grace " の "Grace"だ。
彼は、三日間ではなくもっと長い昏睡から「甦る」し、そのときは長い髪に長い髭で、まるでスペインの十字架に磔されたキリストのようなビジュアルだ。そして、最終的に人類を救う。これは「神の子」ではないか。
宇宙船の中は、どうしても「岩の墓」っぽくなる。
まあ「岩の墓」よりも、"2001: A Space Odyssey/2001年宇宙の旅" (1968) っぽいかも。とてもクリーンな閉塞空間。
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イースター(キリスト復活祭)前に公開されたのにも意味を感じてしまうけど、流石にこれは考えすぎか?
しかし、
とはいえ、それ以降は、Graceは人に戻る。ウォッカを飲み、人としての弱さを持ちながら、科学者としての好奇心で進んでいく。
ちなみに原作では、あまりキリストっぽい描写はされていない。ただ、カテーテルを無理やり外した後に出た出血による線が "Thin Red Line" として描写される。
映画では省略された、The Thin Red Line という意味
原作では、太陽から金星までのアストロファージがつくるペトロヴァ・ラインのことを指している。しかし、"The Thin Red Line" という言葉には別の意味がある。
圧倒的な敵に対して、脆弱で英雄的な行動により、守られた境界線という意味で使われる言葉だ。
よって、地球上の生物を守るための薄い絶対防衛線のことの隠喩として読者に示されることになる。映画ではこのくだりはほぼ省略されている。
1854年のクリミア戦争で、ロシア騎兵に対して、赤い軍服を着た英国軍歩兵が方陣ではなく二列横隊で対抗した、薄い (Thin) 赤い (Red) 防衛線 (Line) のことが語源だ。
ロバート・ギブ - nms.ac.uk/ , パブリック・ドメイン, リンク による
1854年10月25日:クリミア戦争バラクラバの戦い (Battle of Balaclava)
左の赤い横隊が、英軍第93歩兵連隊 (93rd (Highland) Regiment of Foot)、右がロシア騎兵。数的劣位でかつ、騎兵に対する歩兵という条件にもかかわらず、薄い戦線で勝った、という実際の戦い。
GraceとHail Mary 号という、なんともか弱い部隊が、地球の生命という絶対防衛ラインを守るという意味で、これはわりと象徴的な言葉なのだが、どうやらこれを上記のキリストっぽい描写に取り替えたのかな。
"The Thin Red Line" だと、わたしはテレンス・マリック監督の同名映画 (1998年) を思い出してしまうのだが。
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この映画の場合は、正気と狂気、天国と地獄の薄い薄い境界線をまざまざと見せるものなので、"Project Hail Mary" で出てくる "Thin Red Line" とは全然別の意味なのだが。
時間の経過
地球からタウ・セチeまでの距離が約12光年。
前半を1.5Gのアクセルの等加速度運動、後半を1.5Gのブレーキの等加速度運動
と仮定した場合、地球からタウ・セチeに到達するのに片道約13年。
ということはビートルを同条件で投げ返せるとして、地球に戻るのに、往復26年。地球滅亡まで30年という試算がされていたので、あと4年でなんとかしないといけない。
あと4年でなんとかするproject自体も実は "Project Hail Mary" であることがわかる。それまで核戦争で人類自滅もありうるのだから。
そういう意味で、最後にEvaがのる船がビートルを回収しに行く姿が映し出されたのは、全世界が理性を保って協力していたのだとわかるので、とてもうれしい。
なお、浦島効果により、タウ・セチe に到着した時の船内時間は、約4年。(原作小説には3年9ヶ月とある。ちなみに、ChatGPT 5.4 thinking はきちんと計算できた。すごい)
バディであるロッキー
それとは別に、ロッキーがかわいい。
ロッキーにより、惑星タウ・セチeが「エイドリアン」と命名されるのは、映画"ロッキー/Rocky" から引っ張ってきているよね。
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MGMの映画だから、他の映画配信会社のものよりも "Rocky" のシーンを実際に持ってきやすかったのかな。(MGMがいまは amazon のグループ会社になっているのは知らなかった)
映画では、グレースをロッキーが助けたが、原作小説ではロッキーがグレースを助け、その後グレースがロッキーを助ける。ふたりとも命懸けで。このあたりが、熱いバディムービーなんだよね。
映画オリジナルシーン: Sign of the Times
この曲のカラオケシーンがよかったなあ。
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ここ10年くらいのハリウッド映画は、劇中歌の歌詞とシーンが一致しているようなものが多い。これもそうだ。
見ている時は、なんでこんなに悲しい歌を歌うんだろうとおもっていたが、よくよく歌詞を見ると、Bad End から旅立とうという意味に解釈するのがいいとおもって、違和感がなくなった。
いいシーンだった。
あと、全球型スクリーンのシアターはよかった。殺風景な「岩の墓場」だけでなく、生きていることを、地球の思い出を映像でみることができるのは、どれほど心の支えになるだろう。
地球はヘイルメアリー号によって救われるまで、保つのか?
地球滅亡まで、約30年。
社会的に:
国と国が食糧などを分け与えあってという理想的な環境でのこと。もちろん自国民によって選出されている代表が、自国民を餓死させる選択をとるわけはなく、これによって戦争がおこって、人類がもっと早く絶滅する可能性はある。
気象的に:
映画の冒頭でも触れられているが、地球の平均気温が下がっていく。ということは、今起こっている地球温暖化とは逆の気象変動が起こることになる。江戸時代や平安時代は日本はもっと寒かったとされるし、そのころ「でさえ」冷夏などの理由によって飢饉は起きていた。
映画ではカットされているが、原作では描かれているので、ぜひ読んでみてください。
AIの描写がないようだが?
ニューラルネットワークという言葉は原作に出てきている。ニューラルネットワークは、ChatGPTなどにつかれている、GPTのT = Transformer の基本的な考え方だ。
生成AIは、最も確からしい答えを生成するだけ。なぜそれを選んだのかという検証をしようとしても、その判断根拠は示されることはない。
このため、「自動昏睡モニタリングおよびケア・ステーション」は、判断が検証可能なように、Procedural Generation (プロシージャル生成)であって、「けっしてAIではありません」という説明がされる。
なお、ChatGPTなど、今の大規模言語モデルの大元になった考え方 "Transformer" は、2017年にGoogleが発表した "Attention is All You Need " という論文で提唱された考え方。"Project Hail Mary" が刊行されたのは2021年。ちなみにChatGPTが公開されたのは、2022年。
生成AIによる自然言語理解が2026年にこんなに進んでいるとわかっていたら、宇宙船の中の学習するAIとグレースが相談しながら解決していくという物語になっていたかもしれないね。あるいはロッキーも含めて3人で、かな。
参考
英国国立陸軍博物館 バラクラバの戦い
www.nam.ac.uk
原作感想
nimben.hatenablog.com
予告編感想
nimben.hatenablog.com