新井素子作品の中でいちばん好きな作品。
2010年新装版を底本にしたKindle版が出ていたので、『星へ行く船』の余波で購入。
いまとなってはNHKラジオドラマ版と原作である小説版のどちらで最初に読んだのかは判然としない。
今読むと、高校生とか大学生が書いた話としてとても優れているなあと感心する。
それは自分よりもちょっと年上の作家が、世界をその視座で見せてくれるという意味で、とても気持ちいい、ちょっぴり大人の世界だった。
もちろん中年になった今から振り返ると、世の中はそうは動いていないよ、なんてことはあるのだけれど、それはそれ。
歳をとり、新しい世界の扉を開くことへの、ほんの少しの恐れと、それを圧倒的に上回る好奇心に満ち溢れている、青春時代のポジティブサイドが、行間にあるというのがすばらしいのだ。
読み始めると、十代にもどって楽しめた。
物語の中身を書くのはむずかしい。
小説家新井素子が主人公で、彼女が作り上げたキャラクターたちが「事故」で現実に出てきてしまう。
キャラクターたちはとあることに憤り、行動を開始する。
事故の収拾のために、「加害者」が駆け回ろうとすると……というドタバタSFジュブナイルコメディ。
と要約しちゃうには、ぼくのなかでは無理がある。
それは、流れと設定をなぞっただけだからだ。
『通りすがりのレイディ』が、”誰が従容として運命に従ってやるものか” を描いた作品だとすると、『……絶句』は
「あたし……新井素子といいますけれど……あたり、自分の名前を単なる個体識別の道具にしたくないんです」
という矜持と、
「あたし、この地球って星が好きよ。あたし、この世界が好きよ。そして……あたし……
あたしが好きなんだからねっ!」
という、自己と世界への肯定が、この本のキモだとおもうし、そしてそこにぼくはものすごく心励まされながら読んだのだ。
矜持だけだと、ただの鼻持ちならないひとになってしまうことがある。
しかし、その矜持が、ポジティブな、善な、利他的なものをベースに構築されていたならば、これほど痛快なものはない。在りし日の少年漫画の主人公みたいなカタルシスが約束される。
あんまり明るい青春時代ではなかったので、何かしら「生きていていいのだ」と思わせてくれる作品が、ぼくには必要だった。
暗い嫌な現実があっても、総体としては明るく楽しい今と未来があるかもしれない、という近視眼的になりがちなところを、いい意味で引きの位置においてくれたんだとおもう。
今ももちろん、楽しいことばかりが起きるわけではないが、世界の楽しさを思い出すには、そしてそれをキラキラとした宝石のようなむかしの思い出として思い出すには、とても素敵な物語だった。
あまりに個人的体験と結びついているので、あなたにとっていい小説かどうかはわからない。小説技法としては飛び道具がいくつか出てくるし、30年前のジュブナイル小説だから時代感覚も合わないかもしれない。
それでも、もしも御縁がありましたら、いつの日か、お手にとってご覧いただきたい小説ですね。