cafe de nimben

見たものと、読んだもの

前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ 』(光文社新書/2017)

バッタ本というとアレな感じだが、中身は全然アレじゃないです。

エンターテイメントな一大半生記ですよ、これ。

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

 

  

若い博士で、フィールド系の人は楽しいな。

『鳥類学者だからと言って、鳥が好きだと思うなよ』

も、そうだったが。

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

 

nimben.hatenablog.com

 

こちらはもっとドキュメンタリーっぽい。

小説でいうと短編連作。一章ごとに完結しているが、全体に流れがある。

バッタの生態についてぐりぐり書いてあるところは、子供に戻って(ファーブル昆虫記」現代版を、見ているつもりになった。

でも、南仏モンペリエに行ったり、白眉プロジェクトに応募するという、泥臭い一発逆転狙いとか、スポ根そのものだ。モーリタリアの人々との異文化体験も面白い。

いろんな人に読んでもらいたいな

 

 

ミケランジェロと理想の身体 @国立西洋美術館

いうほどミケランジェロかとは思いましたが、白大理石の彫刻をギリシャ時代からルネッサンスまで一気通貫に見れたのはよかったです。

ダヴィデ=アポロ》《若き洗礼者ヨハネ》というミケランジェロ彫刻を、ほとんど並べた感じで360度ぐるりと観れたのはよかった。でもどうかな、ミケランジェロという看板なく観たらすごいと感じたかどうか、微妙。

撮影が可能だった「ラオコーン」

ホメロスの英雄叙事詩イーリアス』で有名なトロイ戦争。イーリアスイリアスもイリオスもトロイもトロイアも全部同じ意味って、方言多すぎてよくわからないね。

アカイア側にアキレスがいて、唯一の弱点であるアキレス腱を射られて殺されてしまうのもトロイ戦争ですね。以下の映画ではアキレス腱を射られても死なないアキレス。

塩野七生が酷評したらしいけど、これはこれで面白かったよ、トロイ。

www.youtube.com

 

アカイア対トロイ。戦いも10年目に突入して膠着。攻めるアカイアは辛い。ここでアカイアのオデッセウスは、木馬を城門に置いて引き上げる。

「ダメだよ、木馬なんて何されるかわかんないんだから城内にいれちゃ!」と反対したラオコーン神官。「木馬を入れるとトロイが滅びる未来が見える」と予言をし、反対したカサンドラ

カサンドラアポロンに「未来は見えるが人はこれを信じない」という呪いをかけられてたので誰もきいてはくれず。ラオコーンは、海から来た大蛇に二人の息子と共に縊り殺される。そしてソフトウェアの「トロイの木馬」よろしく、内側からは木馬に潜んだ兵が、外からは木馬を運び込むのに壊された城門から兵が殺到し、トロイ(イリアス)は一夜にして滅んでしまうのだ。

そのラオコーンが殺されるところが、この彫刻が描写しているところである。

 

ラオコーンの頭に蛇が噛み付こうとしている!

f:id:nimben:20180906165557j:plain

 

ラオコーンはなんとか逃げようともがいている。息子たちはかなり絡め取られている。

f:id:nimben:20180906165608j:plain

実は結構前後には薄い。お肌はツルツルではなく、荒れている。酸性雨

f:id:nimben:20180906165529j:plain

ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ《ラオコーン》(1584頃、ローマ、個人蔵、ガッレリア・デル・ラオコーンテ蔵)

ルネッサンス時代に作られたこれは、「殺される、逃げよう、逃げられない!」という必死で逃げようとする、まだ諦めていない躍動感。

 

同じラオコーンでも結構違うのね。

紀元前の古代ギリシアので、バチカン美術館収蔵のもの(今回来てません)

00000 - Vatican - Pius-Clementine Museum (3482893024).jpg
By xiquinhosilva - 00000 - Vatican - Pius-Clementine Museum, CC 表示 2.0, Link

生を見てないけど、静物としてはこちらの苦悶の表情が好み。もう逃げきれないと諦めている感じ。

しかし、古代ギリシアのものって実は彩色されていたという話もあるけど、何色だったんだろうねぇ?

大英博物館の洗浄スキャンダル」というものがあったのを知らなかったので。

仏像も彩色とそうでないものとだと随分感じが違いますし。

しかし、白色での造形はすごく美しい。

 

来てないけどミケランジェロの代表作

ミケランジェロの代表作は多分見たことがない。フィレンチェのダビデ像も、ローマのピエタも。あえていえば、サン・ピエトロ大聖堂かな。システィーナは入りそびれたし(泣)

ダビデ像 (David di Michelangelo) フィレンツェのアカデミア美術館

Michelangelos David.jpg
By David Gaya - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

 

ピエタ(Pietà)ローマ、サン・ピエトロ大聖堂

Michelangelo's Pieta 5450 cropncleaned.jpg
By Stanislav Traykov - このファイルの派生元: Michelangelo's Pieta 5450.jpg, CC 表示 2.5, Link

 

おまけ

優美な超絶技巧のベルニーニの作品も見てみたいなあ。

聖テレジアの法悦(ローマ、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会堂コルナロ礼拝堂)

Ecstasy St Theresa SM della Vittoria.jpg
By Jastrow;) - 投稿者自身による作品, パブリック・ドメイン, Link

David Foster Wallace’s 2005 commencement address at Kenyon College

David Foster Wallaceが2005年にKenyon大学でした卒業スピーチ。

話している内容は、教養とは自分のデフォルト設定から自由になり、何か見えていないものがあることに自覚的で、普段の努力でそれを保つという泥臭い生き方のことだ、というものだ。教養があるよ、というのは、実践者として初めて意味があるといっている。

www.youtube.com

これ、大学入試の英文長文読解に出てきそうな感じがする。作者が言いたいことは何か、100字で述べよ、的な。

でもこの文章は、5年ごと10年ごとに読み返して、振り返ることが大事なような気がする。

そういう意味で、同年の卒業スピーチである Steve Jobsスタンフォード大学のものとも一緒に覚えておくべき良いスピーチだと思う

www.youtube.com

#英語字幕が大きくて読みやすい。

流れ

1824年に創立されたオハイオ州の私立大学、Kenyon大学。かなりの難関大学で、リベラルアーツを教えている。であれば、リベラルアーツ=教養とは何かを卒業スピーチで問うのは、当然というべきか。

教養を問うというのに「This is water」とは何やねん、ということになるのだが、この場合のwaterとは、当たり前すぎてわからないけどすごく大事なことの例えだ。

「二匹の魚が泳いでいて、逆方向から年上の魚が泳いでくる。『おはよう、水の具合はどうだい?』『え、水って一体なんのこと?』」から始まり、最後は「本当の教育は知識の量ではなく、認知の問題だ。ありきたりすぎて見えなくなっているものがあることを何度も何度も自分に思い起こさせないといけない『This is water』と」

 

このスピーチが難しいのは、話が発展しているから。

通常は「目に見えないけれど大事なものはあるよね」で終わる。というかこれをきちんと説明することですら、かなり難しい。

その上で、Wallaceは「その大事なものは、なぜ見えないのか」を説明する。

さらに、対策として「見えなくなりがちなものを、見えるようにキープする方法」を述べ、最後に「それは泥臭くしんどいけど頑張ろう」というところで終わる。力点はこの「頑張っていこう」にある。となると、三段階先に学士取得者を導こうとしている。

これを、ハイブローで抽象的なところではなく具体的に話す。トリッキーというか文芸的というか。これを受け止められるよね、と手加減をしないのが、卒業スピーチらしくっていい。

日常って、重いよね

大人って、本当に日常の優先度が低いとはわかっているが緊急度が高いものに振り回されることが多いのよ。自分が学生の頃だったらバカにしていた類のおっさんになっているとわかっている、けれどもサラリーマンとしてそれはやらないといけない、的な。

それが老害に見えることもわかっている。

例えば、働き方改革で言えば、なんでこんなくだらないドキュメントを作って稟議をあげてなんて儀式を通さないといけないのかと、若手社員だったら憤るようなことなんて死ぬほどあるよ。

でもさ、その中には通さないとその人が馘になるだけでは済まないようなことがあったりする。稟議がなければ独断専行で行ったものとして、懲戒免職になるかもしれない。場合によっては会社が倒産するかもしれない。これを上長が承認したこととして、変なトカゲの尻尾切りをさせないように、稟議をあげた人を守るようなものだってある。

上から怒られ、下から突き上げられ、客から怒鳴られ、そうしてただ流れに沿って生きていけば楽だ。だから人は「What the hell is water?」というようになる。

ああ、冒頭の話者が逆だったらもっとわかりやすかったかもしれない。若者が「How's the water?」と聞いて、年寄りが「What the hell is water?」と言い返すのが、「日常に負けて認知力を保てなくなったオトナ」が鮮やかに浮かんだのかもしれない。

でも、卒業する人向けのスピーチだから、主語は若者にしたいよね。それで、一回捻ったような感じにしているのかな、ムムム。

 

日常の重さに対抗して勝っても、こうなるかも

歳を取っても、認知力を失わずに生きていくってところで、この話を思い出した。

itoi-s.hatenablog.com

T先生は、人気を失っている。PTAとほとんどの生徒から。教師という職業からすると、辛い話だと思うのよ。

私は第三者だし、直接存じ上げないので、「いい先生じゃん! 教わりたかった!」とか思うけど、直接の関係者だったら絶賛できるかどうか、わからない。

T先生は、彼は、彼自身で失いたくない認知は、一切失っていないのだと思う。

Wallaceが求めた一つの理想が多分そこにあり、そしてそれでも生きていけというのは辛いし、あまりに上から目線になるので、何度か「私は年上の賢者ではない」と表明しているんだろう。

 

それでもなお、歩んでいく

 

日常に潰されそうになっても頑張っていこうという意味では「逆説の10カ条」にも通じるかもしれない。

The Paradoxical Commandments
by Dr. Kent M. Keith


People are illogical, unreasonable, and self-centered.
Love them anyway.

If you do good, people will accuse you of selfish ulterior motives.
Do good anyway.

If you are successful, you will win false friends and true enemies.
Succeed anyway.

The good you do today will be forgotten tomorrow.
Do good anyway.

Honesty and frankness make you vulnerable.
Be honest and frank anyway.

The biggest men and women with the biggest ideas can be shot down by the smallest men and women with the smallest minds.
Think big anyway.

People favor underdogs but follow only top dogs.
Fight for a few underdogs anyway.

What you spend years building may be destroyed overnight.
Build anyway.

People really need help but may attack you if you do help them.
Help people anyway.

Give the world the best you have and you'll get kicked in the teeth.
Give the world the best you have anyway. 

Anyway, The Paradoxical Commandments by Dr. Kent M. Keith

 

Wallace本人はのちに自殺している。認知を持ち続けることが難しかったのか、別の要因なのかはわからない。このスピーチからしか私は彼を知らないのだが、繊細で、それゆえに負けを知り、誇り高く、それ故に真正面から負けを捉えてしまう姿が透けてくる。楽しく生きることに徹するなら、Waterなんか知ったことではないとして生きる手もあったはずだ。強さそしてそれは、剛よく柔を断つというStrengthではなく柔よく剛を制すのResilienceが、さらに必要なのかもしれない。そしてそれは、そこまでできるのはスーパーマンだ。

WallaceがShyでそれを卒業生に求めなかったのではなく、それを押し付けることをよしとせず、それを選ぶ、何を考えるかを選ぶのは君たちだ、というとんでもない宿題を残していった気がする。

 

 

appendix

話している内容の英文書き起こし

www.1843magazine.com

 

元原稿?

This is Water - Alumni Bulletin - Kenyon College

実際上記で話している内容とは細部や構成の一部が異なる。これと比べると、話している内容の方が、少しとっちらかっているようにも思える。が、それがドライブをかけていて、もっと具体的なところでわかりやすくしようとしている感が見える。多分、最後の最後まで考えながら話しているんでしょうね。

わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

これが教養だ! 『これは水です』: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

ここで紹介されていなかったら読んでいません。書いて紹介してくださってありがとうございます。

日本語訳としてまず最初にヒットするもの。

この和訳がなかったら真面目に原文を読んでみようと思わなかった。感謝。

これは水です

 

カナダに留学している方の、このスピーチへの感想。

英文ポイント解説がわかりやすい。感謝。

mylife-canada-yolo.hatenablog.com

 

バレエ「ドラゴンクエスト」2018 @公益財団法人スターダンサーズ・バレエ団

これは日本人がやるべきバレエですね。 

www.youtube.com

コスチューム、舞台美術、ライティング。

世界に妥協がないのが素晴らしい。奥行きや紗幕の使い方も。

日本人がゲーム環境を作ったのだから、家族がファンタジー的な格好をしていても、日本人の体型で問題なく似合うのも良い。トルネコは大変だっただろうけど。

白の王子と黒の王子だと、そりゃ黒だわな。

外連味もあってよかった。

その証拠に小さいお友達も途中で飽きて奇声をあげることもなく、見続いていたもんね。

いいもの見ました!

 

www.sdballet.com

戸田和幸『解説者の流儀』洋泉社2018

真面目だ。

解説者の流儀

解説者の流儀

 

 

自分が自分であろうとする事に対して。その上で、成功しようとしている。

元が誰の言葉か忘れてしまったのだけど、世の中にはふた通りのやり方がある。吉田拓郎松任谷由実だ。

松任谷由実はアルバムを出すたびに最新にチューンアップしてくる。世の中と寝ている。常にトップを走り続ける。

吉田拓郎はいつ聴いても吉田拓郎。変わらない。売れないとかは全く売れない。引退したのかと言われるくらい。でも、息が長く、10年ぶりに売れたりする。その時の破壊力は松任谷由実を、凌駕する。

どちらがいいというものでもない。

どちらでありたいか、という話。

そして、戸田は後者を選んだということだ。あるいは前者を選ばない人生だということなのかもしれない。

クィアアイでもあったが、自分をより自分らしくすることは難しい。ジョハリの窓的に、自分では見えない自分は必ずいるからだ。

nimben.hatenablog.com

そこをいろんなチームと組むことで、人によってはめんどくさいと言われかねないけれど進んで行く事に、敬意を表したい。

あまり書かれていないが、サンフレッチェでプレーしていた時、あの時の動きはこれを目指していたというような解説をブログでしてくれていた時から、この人は言葉の力を信じているのだなと思って、信用を置いている。