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見たものと、読んだもの

Petra Kvitová / ペトラ・クビトバの2019年全豪オープン準優勝スピーチ

大坂なおみグランドスラム連覇という偉業の影で、全豪オープン準優勝のクビトバのスピーチがすごくよかったのでご紹介。

準優勝は讃えられるのだけれども、本人にとっては負けて得る称号なので、そんなに簡単なことではないと思ってる。敗戦直後から自分のメンタルを立て直して、勝者や主催者に感謝をおくり、そして自分のチームを労わる姿が、とても素晴らしいと感じました。

スピーチ映像

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主催者などに対しての感謝のあと、自分のチームに対しての感謝の言葉:

 

2:11から。

英文書き起こしと拙訳

And to my team. (applause)

Thank you for everything, but mostly thank you for sticking with me, even we didn't know if I am able to hold the racket again. (applause)

Every single day, supporting me and staying positive for me which I really needed. It's probably wasn't that easy so thank you so much.

(引用元:上記 YouTubeからの聞き取り)

 

[拙訳]

そして、私のチームに。(喝采)

色々ありがとう。特に、私が二度とラケットを握ることができるかどうか、誰にもわからない中、私に寄り添ってくれて。(喝采)

毎日毎日、私をサポートし、ずっとポジティブでいてくれました。私には本当に必要な態度でした。そんな簡単なことじゃなかったはずです。本当にありがとう。

略年表

2011年と2014年のウインブルドンチャンピオン、ペトラ・クビトバ。1990年生まれ。

2011年、年間最終ランキング2位。
2012年、同8位。
2013年、同6位。
2014年、同4位。
2015年、同6位。
2016年、同12位。

2016年12月、強盗に押入られ、利き手を切りつけられる。

同選手が侵入者から身を守ろうとして左手の指5本すべてを負傷し、2本の神経を損傷していたことを明らかにしている。

「クビトバは襲われたときに刃物をつかんで負傷しました。傷口は複雑な状態であり、これ以上ダメージが広がるのを食い止めるために、手術はゆっくりと慎重に行わなければならず、長時間に及びました」

引用元: 

www.afpbb.com

2017年5月の全仏オープンで試合復帰。2回戦敗退。年間最終ランキング29位。

2018年の年間最終ランキング7位。

 

プロのテニスプレイヤーが、利き手の指すべてをナイフで傷つけられる。そのうち2本は神経が損傷。引退という言葉もよぎったはずです。でも怪我を受け入れてリハビリして、そして約半年後に復帰。一時は年間最終ランキング29位までに落とすものの、翌18年にランキング一桁である7位に復帰。そして年明けの19年の全豪オープン準優勝して、自己最高に並ぶランキング2位になるというのは、本当に本当に、生半なことではないですよね。ファンになりました。

カビール・カーン『バジュランギおじさんと、小さな迷子』(Bajrangi Bhaijaan) 2015インド

失語症の女の子と、嘘のつけないおじさんの、「ただいま」までの現代のおとぎ話

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159分と長いので、お時間あるときにどうぞ。

主演の二人のチャーミングさ、美しい映像、楽しいダンスシーンで、飽きずに最後まで見られると思います。

楽しいおとぎ話編

映像は、とてもカラフル。

デリーの市場の様子も、聖廟での祈りも、スイスのような山岳地帯も。全てが絵葉書にできそうな美しさ。

女の子が、偶然置き去りにされてしまう様子、それを悲しむ母。自分との婚約を確定するための、父との約束よりも、女の子を家に届けることを優先させよという姿。現代のおとぎ話だ。

そして、おとぎ話は、ハッピーエンドで終わる。その「収まった」感。

踊りの振り付けも今のストリートブラック系のものとは全く違うもので、私にはとても新鮮だ。

歌もハヌマーン神のお祭りなおに「セルフィー撮ろう」なんてセリフが入るのには爆笑させられた。それが、きちんと「現代の」おとぎ話としてのアップデートがされている感がある。

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チキンダンス!

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菜食主義の家に生まれているので、食べられないはずなのに、ムンニーのために歌うなんて、なかなかできることじゃないよね。奥さん(婚約者だけど)、男前で大好きだ。

 

キャラクターは、やはり主演の二人。

失語症の女の子(シャヒーダー/ムンニー)。底抜けに明るい天然のいたずらっ子の表情と時折見せる悲しみの表情の振れ幅がかわいい。子供とはいえ、ムスリム女性の顔が丸出しなのは初めて見たかも。

バジュランギを演じるサルマン・カーンは、インド映画の三大カーンの一人ということだが、私は初めて。今まではアクションスターとしてインド映画界を牽引ということだったが、確かにすごい分厚い肉体で、レスラーっぽいほどだった。

「至誠天に通ず」を指針として、一言罪のない嘘をつけばいいところでも、本当のことを真正面から言ってしまうというところを、助けてあげたい愛嬌のあるキャラクターとして演じるのは演者の魅力。ハヌマーン教徒って、教義で嘘を禁じられているのかしら?

憎しみではなく、愛を!

 

暗い過去編

インドとパキスタンは、歴史的に対立があり、何度も戦争をしている。

元々は、英領インドとしてイギリスの植民地だった。第二次世界大戦後の1947年、インドは、ガンジーなどの努力もあり、ついに独立する。しかし、統一インドではなく、インドとパキスタンとして。インドはヒンドゥー教徒の国として、パキスタンイスラム教徒中心の国となる。*1

 

名作『ガンジー』の中でも、統一インドとして独立できない悲哀が描かれている。

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分離独立の際は、インドにいるムスリムパキスタンへ、パキスタンにいるヒンドゥー教徒はインドへと相互に移動し、それに伴って難民化と、虐殺が行われた歴史がある。ロケがおこなわれているパンジャブ/ Punjab地方もそう。

この後も、カシミール地方(そう、ムンニーのふるさと)の領有権を巡って、インドとパキスタン(そして中国)での戦争も何度かある。

赤色で囲ってあるのがカシミール / Kashmir *2地方、点線が現在の(暫定?)国境線。基本はインド領だが……。

Kashmir map big.jpg
By Central Intelligence Agency, Washington, 2002 - This map is available from the United States Library of Congress's Geography & Map Division under the digital ID g7653j.ct000803. This tag does not indicate the copyright status of the attached work. A normal copyright tag is still required. See Commons:Licensing for more information., パブリック・ドメイン, Link

 

バジュランギの婚約者ラスィカーの父が激昂するのは、この戦争で、近しい人を失ったのかもしれない。(歳を考えると、1971年の第三次インドパキスタン戦争かな)

食べ物

ヒンドゥー教はインド由来の宗教全般をさすらしく、仏教もインドの中の広い意味ではヒンドゥー教の一派扱いなんだそうな。 

ヒンドゥー教徒のバジェランギは、インドの約40%の人と同じく菜食主義者。だから、肉は食べない。なので、ムンニーが隣のムスリムのところで鳥肉を食べているのを見てびっくりする。

私の知っているインド人は、確かに菜食主義者多い気がする。*3 酒も飲まないし。もちろん、肉を食べたり酒を飲んだりする人もいるので、線引きは人によるという感じかもしれない。

しかし、菜食主義であのレスラーみたいな体を維持できるってすごいねぇ。肉じゃないとできなさそうな体なんだけど。大豆由来プロテインの力??

ちなみに、インド人の菜食主義者とのご飯は、インド系の人がやっているカレーレストランに連れて行くのが一番楽。厳密な人は肉どころか鰹出汁のものもダメだから、普通の日本人では、何を進めていいのかよくわからないので。

カシミールのカレー、美味しいんだよねぇ。

ハヌマーン信仰

お猿さんです。一説に孫悟空の元ネタ。「ラーマ万歳!」

心の中にいつも、ラーマとシータを(胸を開けると物理的にいるよ、の図)

Hanuman showing Rama in His heart.jpg
By Anant Shivaji Desai - http://www.barodaart.com/oleographs-ramayana.html, パブリック・ドメイン, Link

 

ラーマーヤナ / Rāmāyaṇa』という「マハーバーラタ」と並ぶインド二大叙事詩で、ハヌマーンとラーマの話は語られている。

ラーマ王子はシータ姫と結婚。ラーマと対立するラークシャサ族*4が、シータを誘拐。拐われたシータを探しだしたのがハヌマーン。ラーマはラークシャサ族との戦争に勝ち、シータを奪還。

ハヌマーンは、ラーマに忠誠を誓い、勇気を持って戦う神様なのだ。

 

バジュランギは、この映画でハヌマーンとして行動する。*5 愛らしく、困難に立ち向かい、勇気と忠誠を持って、ミッションである送り届けを完遂する。そういう意味では、この映画はおとぎ話というより神話なのかもしれない。

おすすめです! 

*1:なお、映画とは関係ないが、現在は、三つのインドに別れている。

真ん中のインド。その両端がパキスタンだったが、距離と言語などの問題でそのままでは続かず、東側はバングラデシュとして1971年に独立することになる。

*2:Kashmirは、Cashmereの昔の綴り。そうセーターで有名なカシミヤ山羊の名前の由来。もっとも今のカシミヤ衣料の原材料は、ほとんど中国産でインド産ではない

*3:微妙な問題なので突っ込んだことはない

*4:悪鬼羅刹の「羅刹」

*5:よく見たら最初のミュージカルシーンで、「バジュランギの名を持つハヌマーン神」と歌っているので、最初からそのつもりで宣言してあるんですね。キャラソンを本編でやる親切設計

ソフィ カル ─ 限局性激痛 @原美術館

恋に破れてから、再生するまでの「ありふれた」話

www.haramuseum.or.jp

 

原美術館が2020年で閉館するというニュースがあったので、忘れる前に行きたいなと思ったのもあり、観に行った。

物語性がある、そして原美術館ならでは、という繊細な展示だったので、ぜひ足をお運びいただきたい。

ソフィ カルは、1953年生まれのフランス人。コンセプチュアルアートの人、というのがいいのかな。なお、wikipediaの日本語版には説明がなかった。英語版を貼っておく。

en.wikipedia.org

 

展示 1F: Unhappiness までの歩み

1984年。婚約直後に、日本に三ヶ月滞在できる奨学金を得てパリを離れるソフィ カル。

Unhappiness まで x-day として、"92 DAYS TO UNHAPPINESS" から始まるカウントダウンが、パスポートに押されるような赤いスタンプが押されたモノクロ写真などの「その日」を表す何かが展示される。

旅に出て、旅の途中の出来事が、パリ、中国、日本と綴られる。"n DAYS TO UNHAPPINESS" というカウントダウンによって、ただのモノクロ写真が、激辛ソースがかけられたような味わいに変わる。とはいえ、何が Unhappiness なのかは、最後まで1Fでは語られない。緊張が高まる一方。

展示 2F: Unhappiness からの歩み

Unhappiness とは、父の友人でようやく婚約までこぎつけた男から振られたことだったと開陳される。(振り方はちょっとひどいと思う!)

写真と、その下に機械刺繍された日本語テキスト。ソフィの、他人の、別の日のソフィの、という順に並べられている。

最初は振られた痛みが爆発しているような長くとっちらかった文章だったのが、日が経つにつれ、冷静で突き放した短い文章になっていく。それにつれて、テキストを刺繍する糸の色が背景に溶けていく。それは痛みが溶けていったのを表すかのように。

露悪的とも言えるほどの、自己開陳具合。自分の愚かさですらさらけ出す。もちろん、いろんなトリミング/企みがあるはずなので、ストレートに、ということもないのだろうが、それが心理的エグミというか、唯一無二的な、個人的なものとして提示されるので、どうしたって自分の「最悪の日」が掘り起こされる。そしてそれが、再び癒されていく(のだといいな)

機械刺繍のテキストで、文章の色味を変えていくのに気付くまでは、これは現代芸術として展示するよりも、文学として提示されるべきものではなかろうか、なんか変なのとくらいに思っていたのだが、色々と仕掛けられたものに気付くと、これは原美術館でこのように展示されるのがベストなものだなあと感じる。そう、このコレクションが絵画なら、原美術館が額縁、という感じなのだ。

建物

原美術館外観

原美術館外観

1938年に実業家で日本航空会長などを歴任した原邦造の私邸として建てられたものを美術館としている。設計者の渡辺仁は、現在の銀座和光を設計した方なので、そういうモダンさ。庭の感じとか、近くの低層高級住宅街な感じとかも合わせて、なかなかいい感じ。

トーハク(これも渡辺による設計)や根津美術館のようなものは例外として、東京の美術館博物館は割とビルの一角にあることが多いので、贅沢で素敵。

庭にはいくつか作品も展示されている。写真の左に写っている公衆電話もそう。

館内は撮影禁止なので写せなかったが、そちらもなかなか良かったですよ。住むとなったらどうなるかは、ちょっとわかんないけど。

 

 

 

 

2019年の美術展、なに見よう? (西洋系)

私的期待第一位:2 x グスタフ・クリムトGustav Klimt

面白いことに、二つ同時期に来る。流石に『接吻』はきませんね、残念。

クリムトとシーレは、昨年2018年が没後100年。 ウイーン分離派と呼ばれる。

1. 『クリムト展 ウイーンと日本1900』@東京都美術館(04/23-07/10)

流石に人気らしくプレミアムナイト鑑賞券はすでに完売。 

 

個人的な目玉はユディト、かしら。

アッシリアの王の司令官ホロフェルネスが、ベトリアを包囲攻撃しようとしていた。そこに住んでいたユディトが、司令官のもとに赴く。酒宴で泥酔したホロフェルネスの首を切る。という旧約聖書ユディト記がモチーフ。

『ユディトI  / Judith I』

Gustav Klimt 039.jpg
By グスタフ・クリムト - http://www.belvedere.at/en/sammlungen/belvedere/jugendstil-und-wiener-secession/gustav-klimt, パブリック・ドメイン, Link

 

豪華で艶かしい。「ほら、これがホロフェルネスの首ですわ。これでこの町も安心ね、ふふふ」と、さらっと言いそうな。これが退廃か。

 

クラーナハのユディト

別の人だと 2016年にきたクラーナハ (Lucas Cranach der Ältere)

Lucas Cranach d.Ä. - Judith mit dem Haupt des Holofernes (Staatsgalerie Stuttgart).jpg
By ルーカス・クラナッハ - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM)、distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, Link

「司令官の首を取りましたが何か?」「記念撮影めんどいんですけど」というような、虚無的な感じ。淡々と。

カラヴァッジョのユディト

なお、後述するカラヴァッジョ展では、大阪にだけユディト来ます。

Judith Beheading Holofernes by Caravaggio.jpg
By ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ - http://www.ibiblio.org/wm/paint/auth/caravaggio/judith.jpg, パブリック・ドメイン, Link

 

なんかスカーレット・ヨハンソンに似ている。

いやいや首に刀を入れている感じ(力入らなくて切れなくない?)

お嬢様、やるのですと言わんばかりの侍女の顔の強さとの対比が面白い。

 

同じ話の絵なのに、三者三様。 

 原寸大(2m x 34m !!) 複製の『ベートーヴェン・フリーズ』もすごそう。

www.youtube.com

 

2.『ウイーンモダン クリムト、シーレ 世紀末への道』@国立新美術館(04/24-08/05)

一日遅れで始まるのが、国立新美術館のこれ。前者はクリムトフィーチャーだが、これは、「ウイーン・モダン」ともうちょっと範囲が広い。

www.nact.jp

グスタフ・クリムト / Gustav Klimt による パラス アテナ / Pallas Athene

Gustav Klimt 045.jpg
By グスタフ・クリムト - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM)、distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, Link

75cm/辺の正方形なので、そんなに大きくはないが、存在感がある。『ユディト I』とモデルが同じとも言われている。言われればなんか雰囲気は似ている。背景の細かさがありそうで、単眼鏡を持っていかなきゃ!


エゴン・シーレ / Egon Schiele 自画像。

Egon Schiele 080.jpg
By エゴン・シーレ - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM)、distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, Link

28歳で亡くなった、シーレの自画像。シーレは生で見たことがないので、ぜひ見たい。

 

カラヴァッジォ、行きたい。Michelangelo Merisi da Caravaggio

ただし、東京には来ないので、旅必須。

夏の北海道(8/10-10/14)、食欲の秋の名古屋(10/26-12/15)、来年食い倒れの大阪(12/26-02/16)

bijutsutecho.com

 

前述のユディトを見ようとすると、大阪展。となると一年後かな。

しかも、そこでしか出ないものも1作品ずつあるという。日本ツアー? うーむ。

コートールド美術展@東京都美術館(09/10-12/15)

マネの『フォリー=ベルジュールのバー』も見たい

Édouard Manet  / Le Bar aux Folies-Bergère

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By エドゥアール・マネ - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM)、distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, Link

ゴッホも二つ来る 

去年から、ゴッホもいいなあと思い出したので、『ゴッホ展』@上野の森美術館(10/11-01/13)も行きたい。ちと遠いが、ゴッホも出る『印象派、記憶への旅』@ポーラ美術館(03/23-07/28)もいいかも。湯治と一緒だと最高だが。

 

www.polamuseum.or.jp

  

今年もいっぱいきて楽しいな!

 

 

nimben.hatenablog.com 

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SSSS.GRIDMANの綿密なドラマ構成に感動する

アニメで戦隊モノをやっているんだと気づいてから、引き込まれてみていって、最終的にそういうことに落とし込むという綿密なドラマ構成に感動した。

これ、ネタバレしないと書きたいことが書けない.。

www.youtube.com

 

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