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見たものと、読んだもの

草野原々『最後にして最初のアイドル』 (ハヤカワ文庫JA)

ハヤカワのセールで購入。今年読んだSFで一番ぶっ飛んでいた。

著者本人が「実存主義ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSF」というジャンルと言っているらしいが、もう訳がわからん!(褒め言葉) 

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

 

2016年、第4回ハヤカワSFコンテストでの特別賞受賞。
2017年 第48回星雲賞日本短編部門(小説) (←42年ぶり *1に新人デビュー作での受賞)

冒頭をご覧いただく。

これは一人の少女が最高のアイドルになるまでを描いた小説である。その主人公、古月みかは架空のキャラクターにすぎない。にもかかわらず、ここに書かれていることはすべて真実だ。

宇宙とあなたの存在は、この小説の主人公、古月みかに端を発する〈アイドル〉により大きく左右されることとなる。

あなたはこの小説を丹念に読まなければならない。

古月みかを応援し、共感し、自己同一化して読まなければならない。

この小説を最後まで読み、理解したならば、あなたはひとつの使命を帯びていることに気づくであろう。

これは、他でもないあなたに向けられた文章だ。

草野 原々. 最後にして最初のアイドル (Japanese Edition) (Kindle の位置No.13-19). Kindle 版.

 

何を大げさな。新人作家にありがちなリキミ返ったプロローグだ。

読み終えた後で、この文章をもう一度読み返すと良いだろう。確かに、その通りだった、ということに気がつくはずだ。

これは単行本の三分の一ほどの長さの中編なので、一気に読むことができる。

というか、一気に読んでほしい。

アイドルのビルディングアップストーリーと思いきや、疾走感溢れるハードSFなのだ、主に、時間軸的な意味で。

 

コラム的な感じで著者が書いているが、文体が小説と同じ! いきなり買うのもという場合は、無料の範囲で読んでみて、手が合いそうかどうか確認するのもよし。

cakes.mu

 

で、これは百合なんだそうだ。

百合という概念がよくわからないのであるが、一助になったのは、こちら。

 

百合が俺を人間にしてくれた――宮澤伊織インタビュー

https://www.hayakawabooks.com/n/n0b70a085dfe0

百合が俺を人間にしてくれた【2】――対談◆宮澤伊織×草野原々

https://www.hayakawabooks.com/n/n71228eb75bb0

 

強い百合と弱い百合って、強い力と弱い力みたいで、どんどん最新物理学的になってくるんですが。

ジャンル論になると個人的には 正直よくわからないけれど、突き詰めるといろんなところに行くのねぇと、面白く読みました。

*1:1975年の山田世紀『神狩り』以来

トランジとメメントモリ今昔とルーヴル美術館展

あけましておめでとうございます。

本件、調べが甘かったので、補足しようとしたら、「正月は冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」みたいになった。このため、新年一発目に投入w

 

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#21 ブルボン公爵夫人、次いでブーローニュおよびオーヴェルニュ伯爵夫人ジャンヌ・ド・ブルボン=ヴァンドーム (石)

の、死体彫刻のところ。

トランジ、ないし、死を思え:15世紀のメメント・モリ

これは15世紀に流行したもので、フランス語でTransi (トランジ。文語Transirより→凍えさせる。ゾッとさせる)、英語でCadaver tomb (死体 + 墓) ないし、Memento Mori Tomb (メメントモリ墓) と言われるようだ。

「死を思え」墓、ですね。

灰の水曜日の「Remember that you are dust, and to dust you shall return. (あなたは塵から生まれた、そして塵に帰る)」ので、死しては地上の栄華も全てなくなるのだ、という警句としての意味がある、という。

 

わかりやすかった、灰の水曜日の解説

www.youtube.com

 

キリスト教的には、死ねば神の千年王国に入るのだから、こういう具体的な死骸を表してメメント・モリしないといけないもんなのかな、とか思いますが。この辺りは、キリスト教についての私の理解が足りないんだろうなあ。

他のメメントモリ的作品

死の舞踏 

Dance of Death (replica of 15th century fresco; National Gallery of Slovenia).jpg
By Janez iz Kastva - This image is available from the National Gallery of Slovenia website under the reference number NGS1513., Public Domain, Link

怖いんだが、楽しいんだか、よくわかりませんね。

 

オランジェ公ルネ・ド・シャロン

美しく、怖いのはこちら。 25歳でなくなったオランジェ公

Le Transi de René de Chalon (Ligier Richier).jpg
By Coin-coin - Own work, Public Domain, Link

フランス東北部のバル=ル=デュック /Bar-le-Duc 県の教会 Church of Saint-Étienneにあるそうです。

 

九相図

私はどうしても、仏教の九相図を思い出してしまいます。カラフルでリアルなのが怖い。 

  1. 脹相(ちょうそう) - 死体が腐敗によるガスの発生で内部から膨張する。
  2. 壊相(えそう) - 死体の腐乱が進み皮膚が破れ壊れはじめる。
  3. 血塗相(けちずそう) - 死体の腐敗による損壊がさらに進み、溶解した脂肪・血液・体液が体外に滲みだす。
  4. 膿爛相(のうらんそう) - 死体自体が腐敗により溶解する。
  5. 青瘀相(しょうおそう) - 死体が青黒くなる。
  6. 噉相(たんそう) - 死体に虫がわき、鳥獣に食い荒らされる。
  7. 散相(さんそう) - 以上の結果、死体の部位が散乱する。
  8. 骨相(こつそう) - 血肉や皮脂がなくなり骨だけになる。
  9. 焼相(しょうそう) - 骨が焼かれ灰だけになる。

九相図 - Wikipedia

ニンゲンは犬に食われるほど自由だ

メメント・モリだと、有名なのはこちら。「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」で一大ブームになりましたね。1983年作品。実際に写真で見せられると、えぐい。

メメント・モリ

メメント・モリ

 

 

元々のメメント・モリ 

今、wikipediaで調べてびっくりしたのだが、memento moriって、昔は、「明日のことはわからないので、今を楽しめ」という考え方だったらしい。

後者の方は、Carpe diem、カルペ・ディエム=その日を摘め=Seize the day = 今を生きよ、となる。

Seize the dayだとこの映画。

www.youtube.com

いまを生きる (字幕版)

いまを生きる (字幕版)

 

原題が "Dead Poets Society" なのだが、これは「今を生きる」の方がいいですよね。もう亡くなりましたが、ロビン・ウイリアムスが熱血教師。

色々繋がっておもしろい。

 

ということで、正月らしく死を思ってみましたが、よいお年でありますように。

2018年に行ってみた美術展トップ3

年始の見立てのものはほとんどカバーできたので、今年は大満足。

総論

今年は時間を作って、なるべく見てみる、という感じに敷居を低くした。行くと発見があるもので、質も量も楽しめた。

特に気にしていたのはキューレーションで、頭の中に色々補助線を引いてもらえて嬉しかった。あと、多作な作家の場合、同時期に開催されているもので、ゆるいリンクになって、多重に楽しめたのはいい感じ。東京は芸術の都だな。

artsタグをつけてあるので、ご興味があればそちらからご覧くださいませ。ブログエントリーは今年だけで30以上。充実ですね。

悪い意味でショックだったのは、フランスのイエロージャケット運動で、凱旋門の中にあるマリアンヌ像が壊されたこと。芸術品が壊されるのは、本当に悲しい。

ちなみに、入場者数のランキングトップ3は

  1. レアンドロ・エルリッヒ展 61万人
  2. 建築の日本展 54万人
  3. ルーブル美術館展 42万人

出典は美術手帖

bijutsutecho.com

 

 

和系トップ3

第1位: 特別展「仁和寺と御室派のみほとけ展」 @東京国立博物館平成館

プレミアムチケット初体験。

 

ゆったりさを体験できたのと、『阿・吽』のおかざき真里さんのお話が聞けたのは楽しかった。周辺情報を知ってみるのは、広がりができて楽しい。

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ただ、図録がなあ。保管場所を考えると、常にほしいかというと、判断が難しいところ。すぐ売ればいいという話もあるが。電子版になったりしないかしらね。 

第2位:名作誕生 つながる日本美術 @東京国立博物館平成館

キューレーション命。

 

知識と教養があれば、自分の頭の中にあるものと、目の前のものを比較して自己キューレーションできるのだろう。

しかし、それができない私に、いろんな補助線を引いてもらえて嬉しかった。

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第3位:生誕110年 東山魁夷展 @国立新美術館

唐招提寺御影堂障壁画の再構築が、すごかった。

 

原寸大の元々の展示ブース(御影堂)で作って、そこに東山魁夷の大作を元のままのようにはめ込む。

実際の唐招提寺に行っだとしても、こんな感じで見ることはできないから、展示会ならではの素晴らしさ。

また、今までほとんど気にしたことがなかった日本画に目を向けることができた発見は楽しかった。

ターコイズブルーの波の色、よかったなあ。

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その他

大報恩寺の仏様の間を縫うように歩けるのは楽しかった。醍醐寺展のも含めて、アシメトリックな造形の極致である如意輪観音の美しさを再認識。仁和寺なども観音さんだったから、仏像的には観音イヤーだったな。

タイミングがあれば、若冲をパリに見にいくというウルトラCもやってみたかったが、自重した。先年、東京都美術館でやっていた薬師三尊と動植物菜絵を、まとめてやってたみたいだったので。

あと、日本画

横山大観東山魁夷を、まともに見たのは初めてかも。

 

西洋系 トップ3

第一位:至上の印象派展 ビュールレ・コレクション  @国立新美術館

 印象派のよさを再認識した。

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明るく、風景を中心にみていくとなんか心が落ち着くんですよね。モネも好きですが、ルノワールシニャックというところにも興味を広げてくれたというのは、コレクション展のいいところ。

 

そういう意味でフィリップスコレクションもよかったです。

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第二位:プラド美術館展 @国立西洋美術館

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ベラスケス目当てだった。王太子バルタサールもよかったのだが、マルスが超よかった。後に西洋美術館の特別展で開催されるルーベンスも出品されていて、特別展同士の繋がりもよく考えられていて、すごい。

しかし、プラド→ミケランジェロルーベンスという2018年国立西洋美術館の特別展の流れ、神がかってますね。 

 

第三位:ヌード @横浜美術館 

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これもキュレーション萌え。最初は「こんなのみたかったんでしょ?」、それから「ロダン、どーん! 写真も撮ってね」、とはいえ最後に向かって「でね、でね、今はこういうところまで来てんのよ(ふふふ)」

最後の居心地の悪さも含めて「ヌード」とはを語る、キュレーターの意図が明確に出ている面白さ。その次に行ったモネ展は、ちょっとこじつけっぽさが過ぎた気がしたけど。そんなお茶目な横浜美術館、良いです。

 

現代美術:レアンドロ・エルリッヒ展 @森美術館 

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体験できるのは、面白い。自分が美術の中に入ってる感覚は、楽しい。

体験型のは、2014年の『リー・ミンウェイとその関係展』@森美術館とか、 2017年の草間彌生『わが永遠の魂』@国立新美術館くらいしか、参加したことがなくって。

もっとこういう機会を増やしたいな。

ということで、大満足の2018年でした! 

 

 

 

2018年、読まれた記事、トップ3

ちょっと興味があって、今年の9月の半ばに、Google Analyticsを入れてみました。

今までの統計よりはかなり細かいことがわかるようになりました。これで無料ってすごいですね。

Hatena blogの無料のアクセス統計って、直近1000件についてのみというちょっとアバウトなので。

HTTP時代は、サーチエンジンでの検索ワードもわかったのだけど、HTTPS必須時代である今は、検索ワードはわからない。前は、こういうワードで調べたのねというのがわかって面白かったのだが。twitterその他でもまるで宣伝していないのにも関わらず、読みに来てくださって、ありがとうございます。

 

第一位:元寇について調べてみたら、更新せねばならぬ知識もあることがわかった

おそらく「八幡愚童訓」 で調べてくれていた模様。9月後半にアクセスが集中してます。その後は落ち着いている。記事は2015年に書いたもので、今までこんなにアクセスあったことないんだけどな。面白い。

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他の記事でも取り上げた『アンゴルモア』も完結しましたね。史実との兼ね合いがあるので、ちょっとスッキリしない終わり方になるのはしょうがないかなあ。

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今回は文永の役 in 対馬でしたが。文永の役 in 福岡や、弘安の役も続編としてあるのかしら。 

しっかし、鎌倉武士って、今の日本人とは随分違うということがわかってきて、面白いです。同じ国民なのかというくらい。

それを面白く小説にしたのが「なろう」の中にありまして、おすすめです。

 

鎌倉武士は異世界へ 〜武士道とは鬼畜道と見つけたり〜

https://ncode.syosetu.com/n4136er/

 

こういう世界だったら、そりゃ天下布武して、戦争の世紀を終わらせたくなるよね。

どこまで本当なんだろうかという歴史学的な知見を私は持ち合わせていないのだが、なんとなくこれが正しいんじゃなかろうかという気はしている。綱吉の生類憐みの令は、犬じゃなくて、人間が簡単なことで殺されないような仕組みだった説も出てきたようですし。

しかし近年の研究では、生類憐み令という単発の法令が出されたわけではないことから、一連の施策を「生類憐み政策」として捉え、前後の政策との連続性や、綱吉政権の他の施策との関連にも留意して、改めて政策の意義を問い直そうとする動きが進んでいます。

実際、江戸町触から「生類」の中身を検証すると、捨て子禁止や行き倒れ人保護といった弱者対策も含まれていますし、他方、犬・馬等を中心としながら、猿・鳥類・亀・蛇、きりぎりす・松虫から、いもりに至るまで、実に多様な内容を含んでいることが明らかになります。

時代の中で史料を読む-生類憐み政策と都市江戸

生類憐みの令が出ないといけないということは、裏を返せば、元禄までは、捨て子の養育は不要、行き倒れ人はほっとく、病気の犬や馬は捨てる、というような、「羅生門」的な世界だったということでしょうしね。

鎌倉時代室町時代、戦国時代、江戸時代初期ってのは、ここら辺どう違うのかを調べてみたら面白そうではありますが。イメージ的には、北斗の拳っぽいなぁ。

第二位:「インターステラー」に出てくる詩について調べてみた

4年前の記事なんだけど、まだまだ強い。

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今まであまり詩というものに触れてこなかった。これ以来ですよ、元ネタが詩だとわかると調べるようになったの。

詩はわかりにくいけど、それを通して考えていくのは、とてもエキサイティングです。

 

 

第三位:ELSA Speakで米語の発音矯正

年始の。毎日ではないけれど、続けています。ただいまレベル38。

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すぐにappが落ちたりして不安定だった時期があります。このため、削除しかけた時もある。今は安定しています。

自己学習で難しい点にも立ち会うことになりまして、それは発音の差が自分で認識できるかどうか、という問題。自分で聞いて差を理解できるときは、正しい発音になるように頑張る、ということができます。

しかし、聴き比べても差がわからないときに、どう対処するのか。難しいです。

学校に通ってもいいんですが、先生が言ってもわからなかったらなかなか辛いし。

十代の方が耳がいいのかなあ、なんて思ったりしますね。

そこまでしっかりわからせてくれるような先生に当たろうとすると、それなりのの学校にいく必要があります。よって、appではここら辺が限界なような気はしています。

どうしても、楽に逃げることがあるので、ああ、サボったらあかんな、と気を引き閉めさせてくれるという意味で、とても良いappだと思います。

 

ウェイン・ワン『スモーク / Smoke』1995 米日独

タバコの煙のような癒しの、大人のクリスマス映画。

題名の通り、みんなびっくりするくらいタバコを吸っている。それもそのはず、主人公の一人であるオーギー(ハーベイ・カイテル)はニューヨークはブルックリンのタバコ屋の主人なのだ。そのタバコにまつわる話から、物語は動いていくのだが……。

www.youtube.com

 

ラブ・アクチュアリー』(2003) などのように、オムニバスでショートエピソード同士がちょっとだけクロスオーバーして進んで、最後は癒し系のハッピーに終わるお話。

癒しのクリスマス映画と言っても『素晴らしき哉、人生』 (1946) のような元祖セカイ系の派手なものでもない。『ラブ・アクチュアリー』のように、恋愛的キラキラハッピーでもない。

誰もが、あんなことをやっちまったとか、本当はああしたかったという過去がある。いわゆる unfinished business というやつだ。それは日常の中で、喉に引っかかる魚の小骨のように、小さく疼き続ける。

過去には戻れない。相手があることなので、解消する機会は、永遠にこないのが普通。

でも、ひょんなことから機会を得たり、遡ってそれを捉え直したりして、それが解決することがある。その「ひょん」というのは、自分だけではどうにもコントロールできなくて、それが来るってことは、人の縁だったり、天の配剤だったりするのだろう。

Coincidence is God's way of remaining anonymous.
(偶然は、神がそれとわからないようにされるわざだ)

とかいうと、ちょっとクリスマス映画っぽいかも。

 

それはほろ苦いタバコの煙。煙なので本当かどうかはわからない、そして一度煙ったら消えてしまう。

しかしそこに、一瞬の癒しがある。時に、その思い出があれば、それを頼りに一生生きていける、という種類の。

何者でもない、ただの人が得る、そんな癒し。

という、たまにはこんな、大人のクリスマスを。

メリークリスマス。